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私には資格が無いのです


 あれほどギラギラと輝いていた瞳は光を失いただの石ころみたいな無機質な目が私をじっと見ている。私はその目を覗き込むように見返しながら大きく息を吸い込んだ。


 「私は怯えたりなんかしないわ。だって……今まで何度も…殺されてきたんだから。貴方は……私を殺してきた奴らの一人に…すぎない……特別な…人間なんかじゃ……ないのよ」

 「何を言っているんだ?」

 「何度も何度も殺された。でもね……何度殺されても……私はあの日に……巻き戻るの」

 

 訳のわからない話を始めた私が薄気味悪くなったのかフレディは顔を歪めてナイフを握り直した。


 「だから……あなたなんか怖く…ない。殺したいなら……殺せば良いわ…そうしたら……いつもみたいに巻き戻って…またあなたの…前に……必ず現れる…………そしてその時は…あなたを……追い詰めるから……」


 喉の奥からヒュッっという風切り音を鳴らし、フレディは両手でナイフを握りしめて私に向けた。私は縛られた両手を床に着きぐっと力を込めて上半身を起こしてフレディに向かって小馬鹿にした笑いを浮かべてから言葉を続けた。


 「フレディ…オルムステッド。あなたは…あなただけは絶対に……赦さない。沢山の…人達の……気持ちを弄んで…挙げ句に…命まで奪った……あなたを…必ず……地獄に……落としてみせる」


 「うぎゃぉう!!!!」


 腰を抜かし尻餅を着きながらフレディが叫び声を上げると、それを合図にしたかのようにドアが開いた。雪崩れ込むように駆け込んだ騎士達がフレディのナイフを蹴り上げ蟻が集るように取り押さえていく。フレディの姿はあっという間に見えなり、波が引くように姿を現した時にはがっちがちに拘束されていた。


 何が起きたか理解できていなかったのだろう。フレディは虚ろな顔できょろきょろと辺りを見回した。そして私と目が合うと拘束されたま跳びはね『うぎゃぉう!!!!』ともう一度悲鳴を上げてごろんと転がり、芋虫みたいにグネグネとのたうち回っている。


 けれどもフレディだけじゃないのだ。芋虫フレディを呆然と眺めている私だって、何が何だかわからない。


 「ローレ!!」


 肩を揺すられ名前を呼ばれて我に帰ると真っ青になったジェレミアが目を見開いて私の目を見ている。


 「ジェレミア?」

 「ローレ、お前……」


 ジェレミアは掠れた声でそう言ったまましばらく言葉を失くしていたが、ギュッと結んだ唇をぶるぶると震わせたかと思ったら


 「こんな所で何やってんだよ!!」


 と急に私を怒鳴り付けた。あんなに真っ青だったのにつり上げた目をひん剥いているジェレミアは真っ赤な顔になっている。何だか物凄く怒っているみたいだけれど、頭ごなしに怒鳴られた私はムッとした。


 「何って……拉致監禁よ…言っとくけど……された方ですから…ね」

 「見れば判る、どうしてお前がこんなことに……」

 「母親と妹に……嵌められたわ…ついでに………お父様も…それに多分…………」


 喉の奥がぎゅうっと詰まって苦しくなり私は俯いた。ジェレミアは手首に巻かれたハンカチを解くとピタリと動きを止め、それからゆっくりとしかめた顔を横に向け深呼吸をひとつして上着を脱いだ。


 「怪我は無いのか?痛いところは?」


 私がまだ良く動かせない首をできるだけ横に振ったのを確認して、ジェレミアは被せるようにばさりと上着を掛けてきた。


 「これ……重いわ…」

 「我慢しろ、馬車に乗ったら毛布を貰ってきてやるから」


 ジェレミアは宥めるようにそう言いながら上着の前をしっかりと合わせ袖同士を結び付け、それから何故か痛々しいほど辛そうな目で私を見るとぎゅっと抱き締めた。


 「もう……大丈夫だ……」


 ジェレミアの声が耳に入ると同時に涙が溢れ出た。止まっていた感情が一気に動き出したのはそのあとだ。私はジェレミアの腕の中で泣きじゃくりながら『怖かった……』と一言だけ言った。怖くない、フレディに何度もそう言った時は本当に恐怖なんて忘れていた。けれども全てを思い出した今、頭から消えていた恐怖が凄い早さで膨らみ押し潰されてしまいそうだ。しがみつく私の背中を撫でながら『もう大丈夫だ』と繰り返すジェレミアに誰かが声を掛けた。


 二人は何かやり取りをしていたが声は聞こえてもどうしてか言葉として頭に入っては来ず何を話しているのかわからない。ジェレミアにしがみつき身体を竦めていた私は唯一『無理はさせなくて良い』という一言だけは聞き取ることができ、同時に会話の相手は離れて行った。ジェレミアは私を抱き上げて玄関を抜け外に出た。建物の側には馬車が寄せられており、私を抱えたまま乗り込んで座席に降ろしたジェレミアがフッと小さく笑った。


 「ローレ、今だけこれを離してくれるかな?」


 ぽんぽんと叩かれたのはいつの間にかジェレミアのシャツを握りしめていた私の指で、びっくりして離そうとしたけれど思うように動かせない。ぱちぱちと瞬きを繰り返していたらジェレミアがもう一度小さく笑い指を一本一本解いてくれた。それから厳重に肩に掛けられていた上着を取ると毛布を取り出してすっぽりと私を包み込みそのまま私の肩を抱き寄せた。


 「もう大丈夫だ」


 ジェレミアはもう一度そう繰り返し肩を抱く手に力を込めた。



 そう……もう大丈夫だ。私は助け出されたのだ。たった一人、私だけが。


 助け出される資格なんてない私だけが……。


 


 

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