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私、怯えたりなんかしません


 身体が動いたならフレディに掴み掛っていただろう。けれども情けなく横たわっているだけの私にできるのは蔑んだ憎しみを込めてフレディを睨むことだけだった。


 「ふと思いついたんだ。殺されると思ったらこの娘はまたあの素晴らしい抵抗を見せてくれるんじゃないかってね。思った通りだったよ。首を締められた彼女はまさに死にものぐるいに暴れた。わたしは愉しさに夢中になり我に返った時には彼女は既に死んでいた。そうだ、わたしは彼女を殺してしまったんだ。けれどもそれは今までとは比べ物にならないくらいの愉しさをあたえてくれたよ。そしてわたしはこの愉しさが忘れられなかった」


 不意に伸ばされたフレディの右手が私の喉元を掴んだ。そっと充てがわれているだけなのに身体中に戦慄が走る。精一杯の力を込めて腕を上げフレディの手首を掴むとフレディは楽しそうに喉の奥を鳴らして笑った。


 「あぁ、腕が動いたね。薬が切れてきたみたいだ」


 私の腕がばたりと音を立てて滑り落ちた。フレディは眉をしかめてその手を掬い上げ、指先に啄むように何度も何度も唇を寄せる。私はそれを振り払うこともできず目を見開いてただその様子を見ていた。動かせない身体なのにブルブルと小刻みに震えている。フレディの言うとおり薬が切れてきたからなのか?このままでは何もできない。でも……薬が切れてしまったら、その時は……。私の目尻から涙が次々と頬を伝い落ちた。


 「君が察している通りさ、行方不明の娘達は皆ここで私を愉しませてくれた。今は静かに眠っている、冷たい土の中でね。そして次は君の番だ」


 フレディは涙でぐちゃぐちゃに濡れている私の頬を撫でながら最初の一口のお茶を飲んだように口元を緩めてほうっと息を吐く。まるで満ち足りた一時を味わっているみたいに。顔を背け手を振り払いたい、けれども私はその時が近付いてしまいそうでそれすらも怖く、顔をひきつらせるだけしかできなかった。


 しばらく私の頬を撫でていたフレディはもう一度窓の外に視線を送り幸せそうな笑顔を浮かべてから話を続けた。


 「覚えているかい?君に出会ったのは君が11歳の時だったかな?父と一緒に訪ねたアークライト侯爵家の庭園で君はジェレミアと無邪気に走り回っていた。金色の蝶々がひらひらと飛んでいるかのような君は実に可愛らしかったなぁ。次に会ったのは学院に入学してきた君だ。あどけなかった君はまだまだ幼さを残してはいたけれど、目を瞠るほど大人っぽく、そして美しくなっていた。それからというものわたしは君が社交界に出てくるのを楽しみにしていたんだ。日を追う毎に美しさを増し益々輝いていく君を絶対に落としてみせると心に決めていた。それなのに側に寄る事すらできないまま婚約が決まってどれ程落胆したか。でもねぇ、夫のものになってしまった君を奪うのは誰のものでもなかった時よりもずっと愉しいに違いない、そう思うようになったんだよ」


 突然視線をテーブルの上に移したフレディはすっと立ち上がり歩いて行った。そして戻ってきた手にはきらりと冷たい光を放つ鋭利なナイフが握られている。フレディは私の目の前にそれをかざしゆっくりと手首を捻って夕陽を反射させてから私の首筋に宛がった。


 「動いちゃだめだよ。傷つけるのは好きじゃない、怯えている顔を見たいだけなんだ。じっとしていて、そうすれば痛くなんかないよ」


 ジジジっという音と共にナイフが動いていく。肌にひんやりした空気が触れそれがドレスの胸元を切り裂かれた音だと気が付き恐ろしさが稲妻のように身体を貫いた。


 「おね……がい…………やめ…て」


 必死に声を振り絞る私にフレディはナイフを振ってみせ、ペロリと唇を舐めながら更に裂け目を広げていく。私は僅かに首を振った。ナイフなんて怖くない、ただただフレディがドレスを切り裂くのが赦せなかった。銀糸の入った水色の布地のドレス……マックスが誂えてくれた大好きなこのドレスを。


 「…………」


 歯を喰いしばって腕を動かしフレディの袖口を握るとフレディは眉尻を下げて『おやおや』と呟いた。それから胸の内ポケットを探りハンカチを取り出して私の両手首を纏めて縛った。


 「動かないでって言ったじゃないか、怪我をしてしまうよ?今は怯える顔だけが見たいんだ。薬が切れたら好きなだけ暴れると良い」


 私の髪を一房掬い上げたフレディがゆっくりとナイフを滑らせると毛先を切り落とされた髪がさらさらと落ちる。けれども私は必死に首を振りながら声を上げた。


 「私は……怯えたりなんか…しないわ……あなたなんて……怖く…ない!」


 その瞬間フレディの顔から表情が抜け落ちた。

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