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私、確信を持ちました


 「ホルトン侯爵夫人とヘンリエッタ様はどうなさったのかしら?」

 「へ……?」

 

 どうなさったって何のこと?幸いにしてあの夜会の一件以来母には会っていないし、ヘンリエッタなんて結婚式以来顔を合わせていないのよね。


 「最近凄いわよ、ドレスコードなんてあったもんじゃないわ。何処に行くにも夜会に出るかと思うような派手なドレスをお召しだし、ギラギラしたアクセサリーをジャラジャラ付けて指にはゴロンと大きなお石の指輪が光っているの。丁度その日はお二人も歌劇場にいらしていたらしいのだけれど、『怪しい輩は居なかったが、それよりもホルトン侯爵夫人達の怪しさたるや……』なんて笑わる始末で」


 マリー君は懐かしの侮蔑するような表情を見せた。でもこれは私に向けた物ではないのは明らかで、マリー君は私の為に母達に憤慨してくれているのだ。嬉しい、けどちょっとあの懸命に私を見下すマリー君の意地悪顔が懐かしかったりもしたりして。


 いやいやいや、と私は瞬きをして雑念を払った。


 「古参のメイド長が辞めてしまって進言できる者がいないらしいの。母はそういう事をきちんと弁えられる人ではないから、好き勝手にやらせると……とんでもないことになると思うわ」


 顔をくしゃりと歪めながらマリー君が頷いた。きっと私の想像以上の仕上がりなのよね。


 でも……、侯爵家が困窮している状況を母は全然理解出来ていないのだろうか?もうあの家の事は考えまいと決めたのに、私は何だか気になって仕方がなかった。


 「ねぇフローレンス様、わたくし来週のオペラのマチネのお席を押さえてありますのよ。一緒に観に行きましょうよ。そろそろ外出なさった方が良いわ」

 「オペラって……事件の現場になったのでしょう?中止にはならないのかしら?」

 「プリマドンナのテレーゼ・パジールの引退公演ですもの。チケット完売どころかちょっとやそっとじゃ手に入らないプラチナチケットでしたもの。とても中止になんてできないわよ」

 「でも、どなたかとご一緒するお約束だったのでしょう?」


 なんの気無しに口にしてから血の気が引いた。意気揚々と話していたマリー君が、蝋燭の火に水を掛けちゃったみたいにしょぼんとして、浮かんだ涙が溢れるのを堪えるように唇を噛んだのだ。私ったら多分今一番聞いちゃいけない質問をしてしまったかも……。


 いや、これは間違いなくやらかしてた、と自分の予感を確実なものにするのと時を同じにしてテーブルを迂回したマリー君がドスンと私の胸に飛び込んで声を上げて泣き出した。

 

 「フレディが……」

 

 フレディ……?フレディ、フレディ……フレディ・オルムステッド……かな?ピンクブロンドにグリーンの瞳の美丈夫のフレディ・オルムステッド侯爵令息のこと?


 「フレディ・オルムステッド?」


 マリー君は泣きじゃくりながら頷いた。


 え?でもね、フレディ・オルムステッドが有名な女ったらしだって、情報屋の君が知らないはずはないでしょう?


 「わたくしだってフレディに浮いた噂のいくつかがあった事なら承知していましたわ」


 それはそうよね。私だって知っているくらいなのにこの凄腕の情報屋が知らない訳がないじゃないか!それならマリー君、その涙の訳は一体どうしたことだね?


 「けれどフレディは言いましたの。今まで色々な女性と恋をしたが長続きしなかったのは君と出会う為だ、君こそがわたしの唯一の愛する人なんだって。フレディはそれは優しくてわたくしを大切にしてくれたの。だからお返しをと思って……それで苦労してお席を押さえておいたのに……フレディのヤツあっちこっちの令嬢に同じことを……」


 マリー君は涙を拭っていたハンカチをギリギリと噛み、綺麗に施されている刺繍の糸をブチッと引き千切った。怒りも天井知らずになると噛むだけでは飽き足らないのですね。


 「ローハン子爵令嬢、マックネン男爵令嬢、ベルト伯爵令嬢、マイノール伯爵令嬢、サソックス侯爵令嬢。わたくしが確認しただけでも同時期にこれだけの令嬢に同じことを言っていましたわ。君は私の唯一だ、そう言ったはずなのに」


 恋人(?)に裏切られても尚マリー君の情報屋としての腕は健在だ。


 「わたくしフレディが粉を掛けている相手を徹底的に調べ上げましたの。そうしたらね、わたくし達よりも前に甘い言葉を囁かれ今でも恋仲だと思い込んでいらっしゃる令嬢が出てくる出てくる……。なんと総勢13名おりましたわ。信じられる?13名よっ?」


 激怒しながらワンワン泣くマリー君に圧倒され、私は何も言葉が出ず取り敢えずコクコクと首を振った。信じられる?って信じますとも。誰あろう貴女は私の凄腕情報屋、マリー君じゃないの!


 「わたくしこの情報を13名全員に開示しました。そして被害者一同、新たな被害者を生まぬために一致団結することになりましたのよ。言うなれば被害者の会ですわね」

 「被害者の会?それはどのような?!」


 マリー君は件のハンカチで目元をぐりっと手荒く拭うとツンと頭をそびやかした。


 「ありとあらゆる場所でこの事をお話するのです。所謂広報活動ですわ。フレディが同じ言葉を繰り返したのは、つまりアイツの手口は決まってるから、だからそれを周知するのです!これだけの令嬢が触れ回るのですもの、あっという間にこの国の社交界でフレディの手口を知らぬ者などいなくなりますわ!」


 私は感心を通り越して感動すら覚えた。私の情報屋マリー君が情報網を駆使して悪いオトコをとっちめるなんて凄すぎない?あの、私に嫌がらせをして満足そうにお口をひん曲げて笑っていたマリー君が、今はキラッキラに輝いておられますわ!!


 「という訳で一席空いておりますの。フローレンス様?傷心のわたくしの誘いをよもや断ったりなんてなさいませんよね?」

 「……ど、どうかしら?夫がなんと言うか聞いてみない事には……ほら、わたくし病み上がりですし……」


 私の心許ない返事を聞いてマリー君は意味有りげに笑った。それを見た私はマックスは絶対に行くなとは言わないに違いないと確信を持ったのだった。


 


 


 


 

 

 

 


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