僕は憎悪を込めた
「やっぱり援助をしてくれってそう言ってきたのね!」
フローラはうんざりし、それから申し訳なさそうに肩を竦めた。
「迷惑だったわよね、本当にごめんなさい」
「フローラが謝る事じゃないよ」
項垂れている金色の頭をぽんぽんと叩いたがフローラはプルプルと首を振った。
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義父が僕を訪ねて来たのはフローラが生死を彷徨っていた時だった。当たり前のことながらフローラを案じているのだと思っていた僕に、義父は『フローレンスはひ弱で直ぐに熱を出す。今度も同じようなものでしょう、なぁに、心配は要りませんよ』と事も無げに言って顔を見に行こうとすらしない。そればかりか『そんな事より』と切り出した援助を求める話に僕は耳を疑った。
そんな事?フローラが、義父の愛娘であるはずのフローラが死にかけているのに?
この男は何を言っているのだ?娘を傷付け瀕死の状態に追い込んだ僕に媚びへつらうなんて。殴りたくは無いのか?罵りはしないのか?何故へらへらとした気味の悪い薄ら笑いを浮かべながらヘコヘコと頭を下げるのだ?
今日は引き取ってくれと冷ややかに突き放し僕はフローラの側に戻った。それでも義父は長々とその場に居座り、応対したコーリンに家族になったのだから困った時に助けるのは当たり前、主にそう進言するようにと言い募ったのだという。
フローラがどうにか峠を越し医師からもう心配いらないと太鼓判を貰い、僕が仕事に戻ると義父は早速職場に押し掛けてきた。もしかしたらと思い一度は会ってみたもののやはりフローラのことなど気にも留めてはおらず、口をついて出るのは援助を求める言葉だけだった。
『貴方が父親としてフローレンスに与えるべき愛情を注いでいてくれたなら、我々は惜しみなく手を差し伸べました。しかし貴方はそうはしなかった。フローレンスを責め苛み傷付け騙した挙げ句に利用した。そんな貴方をフローレンスの父親だとは思いません』
そこまで言われても義父は尚食い下がった。そしてこうも言ったのだ。
『私はやるべきことはやろうとした。ヘンリエッタと違って愛想がなく懐こうとしないフローレンスを可愛いと思えないのは仕方がないじゃないか。あの娘ときたらどんよりした暗い顔ばかりして見ているだけで憂鬱になってしまう。マクシミリアン君、君だってそうだろう?断れずにした結婚だ。そろそろフローレンスの顔を見るのにもうんざりしているんじゃないか?』
シンシンと湧き上がる激しい怒りに心臓だけではなく内臓の全てがジリジリと振動している。僕は拳を握り締め憎悪を込めて義父を睨んだ。
『そうじゃない、僕は断ることならいくらでもできた。でも僕がフローラを望んだんです』
義父はあんぐりと口を開けた間抜けな顔でまじまじと僕を見ている。
『我が子だとしても必ずしも愛せる訳ではない、それは理解しているつもりです。だがそうだとしてもそれが貴方がフローレンスにしてきたことの理由になどなりはしない。三歳で母親を亡くしたフローレンスを守れるのは貴方一人だったはずです。しかし貴方はフローレンスを高値で売り払う商品としてしか見ていなかった。それだけじゃない……』
僕は腸が煮えくり返って逆上してしまいそうな怒りを抑え込み冷然と義父を見下す。それでも義父は放心したようにボーッとしたままだった。
『何故フローレンスの猫を川に投げ込んだのですか?』
義父は一転して目尻を吊り上げた険しい表情を浮かべながらわなわなと唇を震わせた。
『小娘めが、余計なことを喋りおって!』
吐き捨てるようにそう言うと、義父は僕の怒りを宥めるように薄ら笑いを浮かべた。
『妻は猫が苦手なんだ。同じ屋根の下に猫が居ると思うだけで虫唾が走ると言うのだから仕方ないだろう?』
『仕方がない?可愛がっていた猫を目の前で川に投げ込んで溺れ苦しみ力尽きて沈んでいく姿を見せるなんて、それのどこが仕方がないことなんだ!!』
『そうでもしないとまた猫を欲しがるからと妻に言われて……それもそうだと思ったんだ。現にフローレンスは二度と猫なんて欲しがらなかった、妻の言った通りじゃないか!』
バツの悪そうな顔をしつつ言い訳を繰り返す義父に僕は冷ややかに笑い掛けた。
『フローレンスは必死で自分を抑えて生きてきたんです。あんな仕打ちを受けながら貴方方のことを悪く言ったりなどしなかった。でも高熱の為に意識が混濁して辛い記憶が蘇ったのでしょう。「お父様、ポッポを殺さないで!」とうわ言を繰り返しましてね。初めはポッポが何の名前なのかすらわからなかったのですよ』
『そ、それならっ!!』
片眉を吊り上げて慌てる義父を見つめ僕は続けた。
『フローレンスは酷くうなされていましたから次第に僕は何があったか推察することができた。そして貴方は自ら裏付ける証言をしてくれた。今更否定しても無駄です』
僕は義父に腕を伸ばし胸ぐらを掴んでぐっと顔を寄せた。
『フローレンスは僕の最愛の妻です。その妻を苦しめた貴方を父親だとは認めません。僅かでも良心が有るのならばもう二度と我々に近づくのは止めて下さい。良いですね?』
投げ捨てるように手を離すと義父はよたよたと崩れ落ちた。その情けない姿に向かい僕は更に冷酷な声を掛けた。