私、増量してやりました
いつもよりもぎっちぎちにクッションを並べ更に自分の部屋から運んできた二つも追加してからバタンと横になった私は、マックスからの『おやすみ』すら無視した。だって本当に恥ずかしかったんだもの。どうして今回のマックスはこうなんだろう?公衆の面前でむぎゅっと抱き締めた挙げ句でこチューまでしてくれちゃって、この男には恥じらいという感性は無いのだろうか?んー、どうもなさそうだから困っているんだけど。
確かにブレンドナー伯爵家の嫁としてきちんと振る舞うとは言った。でもそのきちんとはこういう事じゃない。私のきちんとは妻としての仕事をしっかりとするって意味で、人前でイチャイチャして過剰に仲の良さを演出することじゃないのだ。
「フローラ、まだ怒ってるの?」
背中を向けている私にクッションの境界線の向こうから上半身を起こしたマックスが手を伸ばしてきた。その手は宥めるように私の髪を撫でているけれど、私は頭まで毛布を被ってそれを拒否した。
「領域侵犯は犯罪行為ですからね!」
マックスの手が引っ込められたのを確認してから私はごそごそと頭を出し毛布を両手で抱えた。
「せっかく、せっかく足元の二つくらいクッションを減らしても良いかと思ったのに……」
「じゃあどうして減るどころか増えたんだ?」
私はがばっと起き上がりマックスを指差した。
「胸に手を当てて考えてみたらいかが?」
そのままドサッと倒れ背中を向けた私は幼虫みたいに身体を丸めて目を閉じる。私はマックスへのイライラでハラワタが煮えくり返り吹き零れそうで……それで一杯になっていたのに。
不意に突き上げるような激しい心苦しさで息が詰まるような感覚を覚え咄嗟に毛布を握る手に力を込めた。思わず深い溜め息をつくとクッションの向こうからマックスが躊躇いがちに声を掛けてきた。
「小鳥の巣を見せてくれたのはジェレミアだね?」
「……?」
私はもう一度起き上がった。いつもより一層優しげな瞳で私を見つめたマックスは、直ぐに視線を落とし淋しそうに並んでいるクッションを眺めている。
「マックス、貴方ジェレミアと知り合いだったの?」
「いいや。でも彼は近衛騎士だからね、顔と名前は知っていたよ。向こうも僕が誰か認識していたようで……まぁ要するに挨拶をされたみたいな感じだな」
何故かマックスはとっても気まずそうだった。
「そう」
「うん。それで……彼とフローラ……いや、アークライト家とホルトン家の間に何が有ったか聞いた」
あぁ、この決まり悪そうなマックスの様子はそれでなのかと物凄く腑に落ちた気がする。私は足元から一つクッションを取ると立てた膝の上に乗せ、両手と顎を預けた。
「私もアークライト家を騙したようなものね」
「フローラには関係ない、悪いのは君の両親だ」
ふるふると頭を振る私をマックスは咎めるように見ているけれどやっぱり私も同罪なのだ。だって私はずっと前から知っていたんだから。
「両親とヘンリエッタが出掛けるとき、私はアークライトの家に預けられたの。あそこは男の子二人でしょう?だからおじさまもおばさまも私をそれは可愛がってくれたわ。昼間は庭園を走り回って遊び夜にはジェレミアやバーナードお兄様と同じベッドでくっついて眠ったの。バーナードお兄様が貴族学院の寮に入ってからはジェレミアがだけが遊び相手だったけれど」
お前は長女なのだからと勉強とお稽古で息つく間もなかった私。そんな私をアークライトの人々は暖かく包んでくれた。
「あの頃私は自分が侯爵家に残るんだって信じていたのよ。そして両親とアークライト家の間にジェレミアを婿養子にするって口約束が有るのも知っていた。だから漠然と私はいつかジェレミアと結婚するんだろうなとは思っていたわ」
あれは確か十三歳の夏だった。その年も小鳥が巣を作ったと聞いて私達は梯子に登り木の枝を覗いていた。ジェレミアは枝に座り私は梯子から身を乗りだして、それがあんな叱責を受けることになるとは思いもせずに。
私を迎えに来たお父様は庭園にいるはずの私達の姿が見えないのを不審に思って探しにでた。やがて木に掛けられた梯子と私達を見つけ、何故か烈火の如く激怒したのだ。
「こんなところで何をしている。ジェレミアと二人きりでこそこそと、恥を知りなさい!」
大声を上げるお父様に驚き慌てて梯子から降りた私はいきなり振り上げられた手で頬を打たれた。今にして思えば、多分お父様はあの時傍にあった小枝に絡まった私の髪を解こうとしていたジェレミアを見て有らぬ誤解をしたんだろう。でもほんの子どもだった私はただお父様に怯えるばかりで何を考えることもできず、混乱して何がなんだか解らないまま引き摺られるように馬車に乗せられた。
「良いかフローレンス。ジェレミアはヘンリエッタの物だ。お前が想いを寄せて良い相手じゃない」
お父様が何を言っているのか一切理解できなかった私は眉間を寄せ黙って首をかしげた。
「ヘンリエッタが成人したらジェレミアはホルトン侯爵家に婿入りする。お前も知っている事だろう」
「……お父様。ジェレミアと侯爵家を継ぐのはヘンリエッタなのですか?私は……私は侯爵家の跡取りではないのですか?だって私はその為に必死で」「黙りなさい!!」
私の言葉を遮るようにお父様は声を粗げうんざりした顔で私を睨んだ。
「エイダが心配していた通りだったか」
「心配?」
「そうだ。近頃お前がジェレミアに色目を使っているんじゃないかとな」
「私はそんなこと」「あぁっ、もう良い!」
お父様は再び私の言葉を遮り汚れた物でも見るかのような蔑んだ視線を送ってきた。