僕と爆ぜる焚き火ちゃん
会場に戻った僕を目掛けて顔面蒼白のフローラが一直線にやって来た。
「ほぇー、マックスー!どこに行っていたの?」
ほぇー?ほぇーが何かはわからないが、フローラは溺れかけている時に浮いている木片を見つけたかのように僕にすがり付いてきた。目には涙が浮かび潤んだ青磁色の瞳はゆらゆらと輝いて、その眩しさに僕の心臓は跳ね上がりきゅーっと締め付けられる。つまり原因はフローラにあるんだ。
こんなに愛しい妻を腕に閉じ込めたいと思わない夫がいるだろうか?少なくとも僕は腕に閉じ込めたいの一択しか持たぬ夫だ。たとえ複数の人目があろうと問題ではない。腕に閉じ込めたいのだから閉じ込めるのみだ。
その結果が屋敷に戻る馬車の座席の対角線上で焚き火の薪が暴ぜるようにパチパチと怒っているフローラなんだが。
「マックスのバカ!」
思わずくふぉっとむせ込んだ僕をフローラはギリッと睨んでいる。
「バカって…………勘弁してくれないか?……可愛すぎる……」
「だーかーらっ!!そういうのは良いの、要らないの!それにっ、あんな所であんな事二度としないで!」
プンプンに怒って呼吸まで乱れているフローラはゼェゼェと肩を上下させながら一生懸命抗議してくるんだけれど……。
「お願いだから落ち着いて……怒ってるのがこんなに可愛いとか、もう心臓が持たない……」
僕の焚き火ちゃんは『フーッッッッ!!』と一つ大きく爆ぜるとシュッと静かになり、さっきまでとは打って変わった冷たい横顔で窓の外を見ながらブツブツ文句を言い始めた。
「大広間に戻ったけれどマックスが見当たらなくて、うろうろと探しているうちにオフィーリア様に捕まったの。そのまま王族席に連れて行かれて国王陛下の隣に座らされて……陛下ったら『君がエルーシアの新しいお友達だね』なんて仰るんですもの。できることならその場で気絶したかったわ」
フローラはコツンと額をガラスに押し当ててため息をつくと、クイッとこちらを向いて僕を睨んだ。
「私必死でマックスを探したのよ。でも見つけられなくて……そうしたら陛下がね『この曲が終わったら次は君が彼の相手をしてくれるかな?』って言いながらダンスフロアをご覧になったの。陛下の視線の先に居らしたのは誰だと思う?」
「さぁ?」
さぁと言いつつ陛下のやりそうな事なら察しが付いたが僕はわざと首を傾げた。フローラが次はどんな表情をするのか知りたかったからだ。
「王太子殿下よ」
フローラの膝の上の手がグイッと握り締められわなわなと震えた。どうやら焚き火ちゃんは陛下に対してもパチパチと爆ぜているらしく、いつになく興奮した目が噛み付くように身代わりだとばかりに僕に向けられている。
「ヘルマン公爵令嬢と踊っていらしたセドリック王太子殿下。ねぇ、どうして公爵令嬢の次が私なの?おかしくない?おかしいでしょう?おかしいわよ、絶対におかしいったら!!」
しかめっ面で力説していたフローラは今度はぐったりと背もたれに背中を預けてぼんやりとした。どうやら力んだのは声だけじゃなくて身体中だったみたいた。
「どうやってかわすか、もう死にものぐるいで頭を働かせたわ。それなのに情けないくらい何にも思い浮かばないの。そしたらマックスが入り口から入って来たのが見えたのよ。あんなに人がいたのに何故かマックスにだけ光が当たっているみたいに明るく見えて……『夫が探しているようなので』って言って飛び出して来たわ。これでやっと安心できると思ったのに……どうしてあぁいう事をするのよ!もぉ、マックスのバカ!!」
振り出しのバカ!!に戻り僕はフローラの可愛らしさに悶た。
沢山の人に見られてとても恥ずかしかったのだと涙目で訴え、時々勢いを取り戻したように爆ぜてパチパチ怒る愛しい焚き火ちゃんをどうにか宥めた頃には馬車は屋敷の目の前まで来ていた。エントランスで馬車を降り差し出した手を完璧に無視されたのを目の当たりにしたマイヤは、またかと言うように首を振った。
「旦那様、溺愛も過ぎると鬱陶しいと嫌われてしまいますわよ。そろそろ程度というものを見極められませんと……」
「それができたら苦労しないんだ」
情けなく答える僕を気の毒そうに見ていたマイヤだが、瞳が可笑しそうに光っていたのは隠しきれないようだった。