僕とジェレミア 3
「貴方は、どうやらかなり不器用な人ですね」
「そうだろうな……」
呆れ果てたと言わんばかりのジェレミアの言葉に僕はまた笑った。
「それに、君もだね」
「バレていましたか」
今度はジェレミアがくくと喉の奥を震わせる。そして僕らは顔を見合わせどちらからともなく揃って空を見上げた。
「黙って覗き見している貴方をギャフンと言わせてやりたくて。ローレが俺を好きだって言えば焦るんじゃないかと思ったんでね」
「残念だがあの時のフローラにはほんの僅かな恋心すら感じられなかった。至って冷静に見ていられたよ」
「えぇ、あそこまでわかりやすいのには正直傷つきました」
断然優位な夫という立場にあるのに、ガックリと項垂れたジェレミアが何やら同士のように見えて僕は面白くなかった。
「フローラは『大好き』だとも言っていたが?」
ちょっとだけ傷口に塩を塗ってやりたくなって突っ込んでみる。思った通りジェレミアは自虐的に笑った。
「あぁ、あれは兄貴のことですよ。兄貴にとっちゃ八つも下のローレはちっちゃなお姫様でしたから。ローレもね、俺のことは呼び捨てにするのに兄貴は『バーナードおにいちゃま』なんです。だから普段は仏頂面な兄貴がローレにだけはメロメロで猫っ可愛がりそのものでした」
僕はそっと息を吐いた。フローラが過ごしてきた僕には到底はかり知れぬ過酷な日々の中、ジェレミアと彼の家族たちは一筋の光のようにフローラを照らし暖めてくれていたのだろう。その一方で、そんな大切な人々を裏切り傷付けてしまったと知ったフローラは今、深い自責の念に駆られているはずだ。
「僕に言われても嬉しくもないだろうが、君とご家族には感謝している。礼を言うよ」
ジェレミアは嘲るように鼻で笑ったがそれは僕に向けたものでは無いらしい。彼はきっと悔やんでいるのだ。フローラに気持ちを伝えるのを躊躇いいつか振り向いてくれるまでと待ち続けてしまった自分の勇気のなさを。
「複雑です。ローレを幸せにできていない貴方に一目置かなきゃいけないとは。初めは一発殴ってやりたいと、そうでもしなきゃ気が済まないと思っていましたがどうも貴方は俺が思っているような人じゃないらしい。俺も感謝します。まださっぱり伝わっちゃいないが貴方がローレを愛してくれているのは良く判りました」
ジェレミアの目が僕をからかうように細められた。
「俺がローレって呼ぶのを聞いてむきになってフローラって呼びだした、あれでピンと来ましたよ」
「……」
気まずくなった僕は赤らんだ顔をすっと背けた。ジェレミアはからからと淋しそうに笑い、それからふっと笑いを消して居住まいをただす。そして厳しい表情で僕に向き直った。
「けれども……俺はローレを幸せにできない限り貴方を決して認めたりはしない。ローレの幸せを見届けるまで何時までも見守り続けます。もしもローレが救いの手を求めてきたら、その時は迷わずその手を取り貴方からローレを取り戻す。ローレが傍にいてくれるなら俺は地位も名誉も何もいらない、その覚悟ができていることだけは伝えさせて頂きます」
『では失礼』と冷ややかに言い残し立ち去るジェレミアの背中を僕は黙って見ていた。