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巻き戻り妻は堪忍袋の緒が切れた もう我慢の限界です  作者: 碧りいな
他の生き方を知らないのです
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僕とジェレミア 2


 「葬儀が済むと愛人はあっという間に正妻になりました。後はまぁお察しの通りですよ。あの女がローレを我が子と分け隔てなく育てるはずなんかあるもんか」

 「それならどうして君の母上の申し出は受けなかったんだ?義母はフローラが目障りだったんだろう?」

 「丁度良い手駒になるからでしょう。ローレは美しかった母親似ですから。今のローレはまるで母親の生き写しだ」


 ジェレミアは苛立ちをぶつけるように拳を手摺に振り下ろしながら言葉を続けた。


 「そもそもローレは優秀なんです。何をやらせてもそつなくこなす。その上に真面目で努力家だ。そしてね、ほんのチビのくせに一端に長女としての責任感を持っていた。そこにつけ込まれたんだ」

 「責任感?」

 「アークライトが騙されたのとやり口は同じです。お前は長女なのだから、ホルトン侯爵家を背負っていく人間なのだからと言い聞かせ跡取りは自分だと思い込ませる。ローレが必死に努力したのは立派な跡取りになって侯爵家を継ぐためです。でも両親は初めからヘンリエッタを嫁に出さずに手元に残すつもりだった。その一方で美しくて能力の高い令嬢としての商品価値を持たせたローレが然るべき相手と婚姻を結び、侯爵家に利益をもたらすようにと殊更厳しく教育した。次期伯爵であり外交官でもある貴方との、しかも公爵夫妻が取り持った縁談です。あの二人はさぞや満足したことでしょう。何しろローレは王族とのコネまで掴んできたんだ、手放さずに手元に置いて大正解だったと思っているに違いない」


 不意にこちらを向いたジェレミアの瞳にはフローラを救えなかった自分への深い後悔と失望の色が浮かんでいる。そしてまたフローラが心を開こうとしない僕に対する不信感も。


 「……フローラは落ち着いた色が好きなんだと、そう思っていたんだ。でもフローラは『濃い色なんて好きじゃない』と言った。それに『好きな色を考える自由はなかった』とも」


 いきなりそんな話を始めた僕をジェレミアは驚いたように見つめた。それはきっと急に話題を変えたせいじゃない。フローラが『濃い色なんて』と僕に打ち明けた、その事実に驚いたんだろう。


 実際ジェレミアは俯いてがしがしと髪を掻き乱しふっと顔を上げると『ローレがそれを』とさも意外そうにぽろりと口にした。


 「フローラの容姿が価値の一つになると判っていたならどうして義母はフローラに地味な色味の服ばかりを着せたんだ?今日だって薄紅色のドレスを着ていることをわざわざ注意しに来たが、あれは注意なんてものじゃない。ただのこき下ろしだ」

 「これは……あくまでも俺の母の推測なんですが」


 ジェレミアは馬鹿にしたように肩を竦めた。


 「小さい頃のローレは本当に可愛らしくてね。特に淡い桃色なんて着せると花の妖精みたいだった。でも腹違いのヘンリエッタは顔立ちはともかく赤毛で色黒、同じような色味を着たらどうしたって見劣りして格段の差が出る。二人で並んでいても誉められるのはローレばかり。自分の娘の容姿が継子に劣るのは認めたくない。だからローレには淡い色味は似合わないんだと言い聞かせて地味な色ばかり着せたんでしょう。それが段々嫌がらせの一つになり味を占めて止められなくなった、どうやらそんなところのようです」

 「なんてくだらない……」

 「でもそれがあの女の最も許し難い部分だったんでしょう」


 僕はジェレミアの横に並び手摺に凭れ掛かると腕を組んだ。ジェレミアはじろりと横目で見たが直ぐにそっぽを向いて、苛立つ気持ちを抑えるかのように乱れた髪をかき上げていた。

 

 「君は僕が気に入らないだろうが恐らく一つ思い違いがある」

 「思い違い?それが何かを聞いたところで貴方を気に入らない事には変わりはないと思いますよ?」

 「フローラはこの縁談が自分だけじゃなく僕にとっても断れない物だったと思っているが……僕はフローラに一目惚れしたんだ」

 「……?」


 クイッとこちらを向いたジェレミアは思考が止まってしまったかのような焦点の合わない目をしていた。


 「だって貴方は……、貴方には……」

 「それは面白おかしな尾鰭が付いたただの噂だな」


 瞳を大きく揺らがせて我に返ったジェレミアは瞬きを繰り返し、考え込むように口元を手で覆った。


 「ロートレッセ公爵夫妻から縁談を持ち掛けられたのは本当だ。駐在していたドレッセンから帰国したばかりの僕がいきなり知らない令嬢との縁談を持ち掛けられてかなり戸惑ったのも事実だ。だが、公爵夫妻からは気が進まないのなら何も気にせず断って構わないからと念押しされていたんだ。でもフローラに一目惚れした僕は翌日公爵閣下を訪ねて話を進めて欲しいと頼んだんだが、ホルトン家の返事を聞くまでは生きた心地がしなかったよ。お陰で仕事で幾つもミスをして閣下に呆れられて……」


 僕は俯いて込み上げる笑いを必死に堪えたけれど、我慢できずに喉から押し出されるような笑いを漏らした。

 

 

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