私、やり甲斐を感じます
「僕は大馬鹿者だ……」
朝っぱらからマックスが激しく落ち込んでいる。
「フローラに似合わない色が無いからって似合う色を探そうとしないとは……僕は大馬鹿者だ」
「二度繰り返す程おバカさんではないと思うけれど?そんなに反省するような事じゃないでしょう?」
マックスは三歩後退って私の頭から爪先までを視線で五往復しほぉとため息をついた。
「若葉色を着たフローラがこんなに美しいなんて僕は知らなかったんだ。まるで春の女神だ」
「ローズピンクのワンピースを着ていた私にもそう言っていたくせに。ほら、いい加減出ないと遅れてしまうわよ」
それでもぐずぐず言い続けるマックスを馬車に押し込み私はやれやれと空を見上げた。今日もまたこれだ。連日こうだ。そしてマックスは間違いなくしばらく続ける気だ。
取り急ぎ既製品の外出用ワンピースを二、三着……と思っていただけなのに、今私のクローゼットは淡い色のオンパレードでぎゅうぎゅうになっている。暗い色味の服を着た私を見慣れたマックスは、淡い色が余程新鮮に感じられたらしくマダムトレシュのブティックで店員が並べた淡色のワンピースを片っ端から買い漁ったのだ。
それにデイドレスもイブニングドレスも侯爵家でそれなりに揃えてあったのに、マックスは誂え直すと言って聞かず仕立てることになってしまった。でもマダムトレシュが真っ先に勧めてくれたのはあの銀糸の入った水色の布地だったからちょっと感動しちゃったのだ。自分で思っていた以上に未練があったらしい。
ーー今回って、一体全体どうなっちゃってるのかしら?
ロートレッセ公爵邸に向かう馬車の中で私はくりくりとこめかみを揉んでいる。これまでだって毎回オフィーリア様にご挨拶には伺ったのだ。でも通り一遍のごく普通の会話をしただけで、仔猫達を引き取ることもなければオフィーリア様にそれからエルーシア様にまで強制的にお友達認定をされることもなく、ましてや公爵邸で働くなんて考えた事すらない。それが週に二度、ほんの数時間ずつとはいえオフィーリア様の助手として働くなんて。
初めの二回はそれなりに妻としての役目も果たしてはいた。でもあの頃は自分と使用人達の間にはっきりと一線を引いていたし、任せきりにしている事が多かったと思う。今は彼らに声を掛け意見を聞き相談しそして指示をする。そんなやり取りを通して彼らと打ち解け、私は彼らを共にこの家を守っていく仲間みたいな人々なのだと認識するようになった。一番関わりの多いマイヤだってお互いよそよそしくて必要最低限の会話しかしなかったのだもの。あんなにちょっとどうよと思うような天然な言動をする人だなんて思いもしなかった。
これまではただ役目だからと淡々とこなしていた事なのに、今回の私は伯爵家嫡男の妻という立場にやり甲斐と楽しさを感じるようになっていた。
ーーよりによって前回は監禁だったものね
私は流れていく街並みを見ながら何だか可笑しくて笑いを堪えた。あの時のマックスは外交官としての勤めの他に屋敷の管理までしていたんだからさぞや忙しかっただろう。妻を虐げるのも楽じゃなかったのね。
癒やしてくれる仔猫だって居なかったのだ。ヒルルンデとガルトートは本当に尊い。マックスもすっかり二匹に夢中で……そのせいで私の部屋に入り浸るのが大問題なんだけれど。それに二匹を眺めて和んでいるとついついにこやかに会話が弾んでしまうのも困る。だって遊び盛りのヒルルンデとガルトートは本当に可愛いんだもの。ついその可愛さについて語り合いたくなってしまうではないか!
今回は忙しくそして賑やかだ。一人でゆっくりと考え事をするのもこんな隙間時間くらいで時間が飛ぶように過ぎていきあっという間に夜が来る。そして心地よい疲労感のお陰でベッドに入ると直ぐに瞼が下がってくる。昨日なんてあんまり眠くてクッションを並べるのもままならず、倒れ込むように横になった瞬間に記憶が無くなっていた。16個のクッションはマックスくんが一人で整列させてくれたとのこと。しかも日々手伝ってくれているだけあって中々綺麗に並んでいた。
私はスカートの裾を持ち上げてしみじみと眺めた。私は濃い色なんて好きじゃない。けれど今までは自分がどんな色が好きなのか考えもしなかった。ついつい何度もぎゅうぎゅうのクローゼットを覗いては浮き足だった気分になるのだから、本当に好きだったのはこんな軽やかで優しくて柔らかい淡い色合いだったのだ。
若葉色を身に纏っている今回のわたしもきっと冬の終わりには死ぬんだろう。そしてまた鐘の音と共にあの日に巻き戻る。もう何を思うこともないし死にたくないとも望まない。決して避けることなんてできない私の運命だと諦めるだけだ。
それでもせめてそこに立っている私は若葉色の服を選ぶ私でありたいと私は今初めて強く願っている。




