僕は疑問を持った
エントランスにはバートン爺が馬車を付けて待っていてくれた。フローラはバートン爺を見るなり人懐っこい笑顔を浮かべそれまでの重い足取りが嘘のように早足で歩みよって行く。それに気が付いたバートン爺も嬉しそうに笑顔で応えた。
「バートン爺にはそんな笑顔を向けるのに……」
「え?そう?」
走り出した馬車の窓の外に視線を送りながら僕はフローラの手をぎゅっと握った。
「だって……とっても恐ろしかったんだもの。バートン爺の顔を見たらほっとしたのよ。本当にどうしてこんなことになったのかしら?お二人に目をつけられるほど、私ってそんなに悪目立ちしていたの?なんか新しいおもちゃを見つけてはしゃいでいるような、そんな感じにしか見えなかったんだけれど」
「悪目立ちってわけじゃないよ。純粋に気に入られたんだ」
「あれで??」
フローラはぎょっとしたように目を丸くした。
「申し訳ないけれど、いくつかドレスを仕立てても良いかしら?侯爵家が用意したものは濃い色味のものばかりだから……そうじゃないと私、お二人の着せ替え人形にさせられてしまうわ!」
かいつまんだ話はロートレッセ公爵からされていたが、僕も、そして話をする公爵もフローラのドレスの色に何の問題があるかさっぱり解らなかった。金色の髪で色白のフローラには似合わない色はないと思うし、今まで違和感を感じたこともないのだ。
「フローラは良いのかな?僕はフローラの好みが落ち着いた色だと思っていたんだよ」
「暗い色なんて……好きじゃないわ……」
ぽそりと小さく呟く声に振り向くとフローラは反対側の窓からぼんやりと外を見ていた。その淋しげな横顔に僕はふとあの突然涙を流したフローラを思い浮かべた。
「バートン爺、大通りによってくれるか?」
御者台に声を掛けるとバートン爺が『承知しました』と返事をし、馬車は次の角を曲がる。
「まさか今から行くの?大丈夫よ、明日にでも行ってくるわ。お疲れでしょうしお腹も空いていらっしゃるでしょう?」
あたふたしているフローラをぎゅっと抱き寄せて金色の頭に頬を寄せると『ひゃっ!』という小さな悲鳴が聞こえた。フローラは不意打ちでこんなことをすると可笑しな悲鳴を上げてしまうことにまだ気がついていないらしい。それに身体をキュッと竦めた後に僕の腕から抜け出そうともぞもぞと動くのが逆効果なのもだ。
そんな事をされたら余計に腕の中に閉じ込めてしまいたくなるのに。
「僕も一緒に選びたいんだ。フローラが本当はどんな色が好きなのかも知りたい」
フローラは僕を見上げ瞳を揺らしたかと思うと直ぐに俯いた。
「さぁね、私も知らないのよ。考える自由すら無かったのだもの」
そしてまた馬車の外に目をやりもう僕を見上げはしなかった。
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「妻の両親、ですか……?」
「あぁ、オフィーリアが、それに義姉上も気にかかるようでね」
ロートレッセ公爵に呼び出された僕はフローラの仕事の話に続いて思いがけない事を聞かれた。
「夫人に目を止めたオフィーリアは直ぐに身辺を調べさせた。そしてどうやらこれは諦めなくてはならないだろうと随分がっかりしていてね。侯爵家は娘が二人だけ、夫人は長女だ。侯爵夫妻は相当熱心に長女を教育していたという話だし、持って生まれた能力も高かったのだろう。誰もが夫妻は長女に婿をとり侯爵家を継がせるものと思っていた。だからオフィーリアは縁談を持ちかけても断られるものと覚悟していたんだ。それなのに夫妻は我々が拍子抜けするほど大喜びで二つ返事をしたから驚いたよ」
「それで、気にかかると言うのは?」
「侯爵家を夫人に近付けない方が良いのではないかと二人が言っている。どうも夫人は両親から相当抑圧されて過ごしていたようだ。到底教育の範疇では収まらないくらいにね」
僕には良くわからなかった。確かにフローラの両親は厳格で彼女の甘えや我が儘をにこやかに受け入れてくれるような関係だとは思えない。だか僕達はそれが男親の不器用さと、そして母親が継母であるが故のぎこちなさだと思い込んでいたのだ。
「ご心配頂き感謝いたします。側にいながら何も気が付かずお恥ずかしい限りです」
「いや、こちらの方こそ差し出がましいことをしてすまない。だがオフィーリア達は余程夫人が気に入ったらしくて……。辛い娘時代を過ごしたのならば君はこれから精一杯甘やかしてやって欲しいと……そのぉ……泣きながら言われるとだなぁ……」
顔を赤らめた公爵は気まずそうに視線を逸らした。