私、どんどん包囲されていきます
私が元のデイドレスに着替え、三人の話し合いも終わりマダムトレシュが退席しお二人の興奮も収まったところでオフィーリア様がそういえばと言うように仰った。
「仕事が終わったらこちらに寄るようにマクシミリアンには言付けておいたわ。そのうちに迎えに来るでしょう」
ほえー、助けてマックス!一刻も早く迎えに来て!!
という私の熱烈な想いが通じたのかマックスは思いの外早く来てくれた。この状況下、マックスが救いの手を差し伸べる神の遣いのように神々しく見えるのは当然で、場違いな後宮で精神力を限りなくゼロに近いレベルまで削られていた私は現れたマックスをこれ以上ないくらい嬉しそうな笑顔で出迎えた。
だがしかし、現れたのはマックスだけでは無く、マックスの後に続いて入ってきたのはオフィーリア様の旦那様、ロートレッセ公爵だ。なるほど、ロートレッセ公爵もオフィーリア様をお迎えに見えたのね、と思いきや、公爵とマックスはエルーシア様に座るように促されテーブルには新しいお茶が並んだ。なんだなんだ?なんだか流れが怪しくはないですか?
という私の勘はなかなか鋭かったらしい。オフィーリア様に『お話しして下さった?』と尋ねられたロートレッセ公爵は優しく微笑むとこくりと頷いて私に向き直ったのだ。
「妻の助手をしていた女性が懐妊してね。代わりを探していたのだが、なかなか妻の満足の行く人材が見つからずに困っていたんだ」
「助手といっても手紙や書類を仕分けたり資料を探したり整理したりしてもらうだけよ。難しい物ではないわ」
それが私とどんな関係があるのか?ころんと首を傾げる私にロートレッセ公爵は言葉を続けた。
「妻は是非夫人を助手にしたいと言うんだが伯爵家の夫人としての役目もある。週に二度ほどで良いのだがどうだろうかとマクシミリアンに打診したんだ」
唖然とした私はそのまま顔をマックスに向けた。
「僕は構わないよ」
「え?」
「フローラの負担にならない範囲でなら外に出るのも悪くないと思う。スモモ狩りの時間は減ってしまうかも知れないけれど、それは庭師に頼もう」
す、スモモの話をここでするんじゃありません!と焦る私だったが、エルーシア様はスモモなんて木ごと吹き飛ばすような更なる爆弾を投下した。
「わたくしね、本当はフローレンスを私室付女官にしたいの。でも女官となると流石に週二日で構わないなんて言えないでしょう?やっぱり毎日通うのは許してもらえないのよねぇ、ブレンドナー卿?」
エルーシア様はにっこりと微笑んでマックスを見つめた。その美しい微笑みには無理だろうなと思いつつも一か八か掛けている抗えない圧を漂わせているのがあからさまに滲みでていたが、マックスも負けじと微笑んで首を横に振った。
「フローレンスは妻として非常に良くやってくれていまして、日々なかなか忙しく過ごしているようなのです。何しろスモモの収」「マックス!!」
私は慌ててマックスの口を塞いだ。だからスモモの話をするんじゃありませんてば!!
マックスは『わかったよ』と言うように私にチラッ視線を送ると仕切り直すように背筋を伸ばした。
「大変有難いお話しではございますが、辞退させて頂きたく存じます」
「そうよね、わかっていたのよ。でも残念……」
エルーシア様はため息をつき肩を竦めた。
「まぁでもわたくし達お友達になったのだし思う存分可愛がらせて頂くわ。それにね……」
そこにいる全員をぐるりと見回した後、エルーシア様はマックスの瞳を覗き込み人差し指を立てた。
「もしもブレンドナー卿と離縁するようなことになったらその時こそ女官になればいいわね」
「義姉上!」
ロートレッセ公爵が嗜めるように声を上げたがエルーシア様は名案だと言わんばかりのご機嫌だった。
「悪いな、マクシミリアン。この二人が揃うとろくなことを考えないんだ。それに細君が巻き込まれるとは……陛下の分も僕からすまないと言わせてもらう」
とんでもないことです!と言いながら、私はロートレッセ公爵が妻達に振り回される事態に陥った要因になった事が申し訳なくて恐縮した。ご結婚されてからかなり雰囲気が変わったらしいけれど、公爵はほとんど笑顔を見せることのない冷ややかで近寄りがたい方なのだ。それがこんなに、お顔の横に『トホホ……』という吹き出しが出ているような弱り果てた表情をされているなんて……お気の毒だと思う反面猛烈に可笑しい。
「じゃあわたくしの助手の件は決まりね。来週からお待ちしているわ」
嬉しそうに顔を輝かせるオフィーリア様だけれど……。決まり……なのね。私はまだお返事していないのにね。