私、しっかりあるらしいです
私はお二人に両脇から右腕と左腕を取られ引き摺られるようにして別の部屋に連れていかれた。ドアを開けるなり目に入ったのはトルソーに掛けられた薄紅色のイブニングドレスだ。
「フローレンスのウェディングドレスはマダムトレシュのブティックで仕立てたのでしょう?」
「……はい……」
答える間に侍女達がトルソーからドレスを外し始める。もしかしたらこの流れ、非常に危険ではないか?
「アリエラの誕生日を祝う夜会、貴女方も参加なさるのでしょう?」
アリエラとは王妃様の四番目のお子さまである第三王女様だ。王子と王女の16歳の誕生日は慣例により夜会が開かれるが、今年はアリエラ王女様が16歳になられる。私達もご招待を受けてはいるが……もしかして私、イブニングドレスを持っていないと思われてる……の??
「わたくしね、不満だったのよ。何度か夜会で貴女を見かけたけれどいつもいつも沈んだ色のドレスなんだもの。紺と群青とワインレッド」
どういうこと?!私の三着のドレスの色味を何故あなた様が把握しておられるのですか?全問正解なんですけど!!
「悪くはないと思うの。フローレンスはどんなお色もそれなりに似合うわ。でもねぇ、貴女の魅力を引き出そうと思ったらもっと淡くて明るい綺麗なお色にするべきなのよ」
「マダムトレシュも言っていたわ。貴女方の結婚披露パーティのドレスは侯爵夫人が認めなかったから使えなかったけれど、マダムが勧めた銀糸の刺繍が入った水色の生地が絶対に似合ったのにってね」
本当は私もあの美しい布が気に入っていた。だからあれを選べないと解っていても残念でならなかったのだ。おまけに巻き戻りのせいで何度も何度も披露パーティを繰り返し、その度にあの萌葱色のドレスを着せられるのだから拷問を受けている気持ちにすらなる。
ーーそれでも私には、好きな色の服を着る自由なんてなかったから……
「さぁ、試着してみて!同じサイズでオーダーしたけれど補正が必要かも知れないものね」
ふっとぼんやりした私にオフィーリア様がごくごく当然のように言う。言ってはいるけれど……何で?
思わず固まった私だが、決して固まってはいけなかったのだ。固まった私を見たこの方の思考にはブレがない。まずいと気がついた時にはもう手遅れでオフィーリア様は控えていた侍女達に合図を送っており、衝立の向こうに連行された私は一瞬で身ぐるみ剥がれドレスを着付けられていた。
薄紅色のドレスはホルターネックで胸元の切り替えから上は透け感のあるレースになっている。肩を覆うものはないけれどうなじで結んだたリボンが背中の中程まで下がっているからさぼと露出が大きくは感じなかった。ウエストにはサテンのリボン、そして胸元と同じレースのスカートがフワフワとしたプリンセスラインを作り淡い色味と共に軽やかな雰囲気を醸し出している。
「お直しは必要ないようですわね」
いつの間に現れたのか、あちこち摘まんで確かめていたマダムトレシュが一歩下がると、お二人がきゅるんとした瞳で私を見つめた。
「やっぱりそうよ、フローレンスは薄紅色を着るべきなの。それからペールグリーンやカスタードみたいなクリーム色、そして春の空のような青」
「こんなに似合うんだもの、本当に贈り甲斐があるわね。夜会が楽しみだわ」
私は何も言えぬままぱちぱちと瞬きを繰り返した。それでもオフィーリア様は私が何を言いたいかを察して下さっているらしい。問題は察したからといって私の望む方に話を向けては下さらないところだが。
「わたくし達、フローレンスに似合うものを着せたいの。これはね、わたくしとオフィーリアからの結婚祝いよ」
「でしたらヒルルンデとガルトートをっ!」
必死に訴える私を宥めるように髪をするんと撫でながらオフィーリア様は目を細めた。
「あれは別。貴女方は仔猫達を家族として引き取ってくれたのでしょう?フローレンスが大層な可愛がりようなんだってマクシミリアンが言っていたわ」
『嫉妬するなって念押ししたのに』と呆れるように言うオフィーリア様とそれを見てケラケラと笑い声を上げるエルーシア様。もう私は観念するしかなさそうだった。
「どうしてかしらね?この娘、確かにお胸はしっかりあるけれど巨乳ってほどじゃないのに……なんだか妙に色っぽい体つきじゃないこと?」
エルーシア様が人差し指を顎先に当てて目を細めると、オフィーリア様もこくこくと頷いた。
「わたくしもそう思っていたんです!細身なのにお胸はしっかりあるからそう思うのかしら」
「いえいえ」
今度はマダムトレシュが首を振った。
「お胸はしっかりおありになってお尻も円やかで、にも関わらずのキュッとしたお腰の括れ具合ですわね。おまけにこのスッとした二の腕。これはしっかりあるお胸を引き立てる大事なポイントですのよ」
「そうよね、陛下も胸が大きくても丸太みたいな二の腕だと単なるふくよかな体型にしか見えないってよく仰っているわ。フローレンスは腕が華奢だから余計にお胸がしっかりあるように感じるのね」
「大体こんなに可憐な容姿なのにお胸がしっかりあるんですもの、そういうギャップが色気を感じさせるのですわ!」
三人によるしっかりあるという私のお胸についての侃々諤々の話し合いは私をそっちのけにして長々と続くのだった。