私、連行されました
「そんな死にそうな顔をしなくていいのよ。わたくしもお義姉様も貴女を取って喰おうとは思ってなんかいないことよ」
オフィーリア様は猫なで声でそう言うけれど、それが余計に私の恐怖心を煽るのを絶対に計算ずくだとしか思えない。
「驚かせるつもりじゃ無かったけれど、王宮に呼び出すだなんて前もって判ったら仮病でも使うんじゃないかしらってお義姉様が案じられてね。ほら、お義姉様は心配症でいらっしゃるから……」
「お、王宮……でございますか……」
怖い……益々怖い。それってつまり王妃様が私を確実に王宮に連行して来いって仰ったという事じゃないですか。
私、これからどうなってしまうのでしょうか?
無情にも馬車は滞りなく進み程なくして王宮の大きな正門を潜り本宮を通り過ぎた。左手に見えているのはマックスが働く西の離宮だ。巻き戻りのせいでトータルしたら何年分になるか定かではなくなった私達の結婚生活だが、私は初めて無性にマックスに会いたくなった。
ほえーっ、助けてマックスぅ!
しかし私のヒーローが姿を表すことはなく、後宮のエントランスに馬車がつけられるとオフィーリア様はさっさと降り、クイクイと手招きしてロメオを呼んだ。
「時間が勿体ないからその娘を抱えてサロンまで連れて行っちゃって!」
私は短い悲鳴を上げると転げ落ちるように馬車を飛び降りた。
「お気遣い有り難く存じます。ですが折角の機会ですから自分の脚で歩く栄誉を頂戴できましたら幸いです」
「まぁ、思った通り中々口が達者だわ」
オフィーリア様はにんまりと笑顔を浮かべられた。
「益々興味深いじゃないの!」
ほえー、助けてマックス!
会いたい、マックスに会いたい。今私は愛しい人に想いを馳せる乙女レベルにマックスが恋しいのだ。だってだって怖いんだもん!!
オフィーリア様は脇目も振らずにサロン目指して一直線に歩いている。そう言えば案内の侍女すら居ない。国一番のサバサバ系女子はそれすらももどかしくて鬱陶しく感じるのかしら?こうなるとサバサバ系女子というよりは、単なるせっかちさんではないのか?
「お義姉様。参りましたわ」
ドアの前でオフィーリア様が声を掛けると静々とドアが開けられ、私は緊張と恐怖心で胸がきゅーんとした。
「さぁ、ほら。入るわよ」
オフィーリア様に促され引きずられ気味にサロンに入るとソファに座っていた王妃様が立ち上がられた。
王妃様……間違いであって欲しいと万に一つの可能性に望みを掛けていたけれど、残念ながら目の前にいらっしゃるのは間違いなく王妃様だ。
ええぃ!と私は覚悟を決め、片膝を床に着くまで落とした最上級の礼をとってお言葉を待った。
「まぁ、なんてエレガントな所作でしょう!オフィーリアから話は聞いたわ。フローレンスと呼ばせて頂戴ね」
「フローレンス・ブレンドナーでございます」
立ち上がった私は名前を名乗りカーテシーをした。
「そうよね。デビュタントの謁見でお会いした時はホルトン侯爵令嬢だったものね。わたくしね、デビュタントの中で一番素敵なお嬢さんは貴女だと思ってその時からお気に入りだったのよ。こうしてお友達になれて嬉しいわ」
私は傾げたくてムズムズする首をピクリとも動かさぬように力を入れた。お友達ってなに?一体なに?
「あら、でもお義姉様は黙ってご覧になっていただけですわ。フローレンスとお友達になる為に手を尽くしたのはわたくしじゃありませんの。目を付けたのは自分が先みたいな仰り方をなさっては嫌だわ」
今度こそ私の首は傾いでしまった。お友達になる為に手を尽くしたって聞こえたんだもの、当然おや?って思うでしょう?
首の傾きには頓着することなく王妃様は私にソファを勧めた。しかも勧めながら自分は私の腕に縋るようにしつつ隣に座る。するとオフィーリア様が負けるものかと言うように反対側の隣に座りやっぱり腕に取り縋ったので私はばっちりと拘束されてしまった。
ほえー、助けてマックス!
王妃様はひきつる私を楽しそうに眺めていたが、侍女が淹れたお茶を一口飲むとふっと淋しそうに俯いた。
「フローレンス、わたくし達はね、虚しいのよ」
「そうなの、虚しいの。それはそれは虚しいの」
王妃様の言葉にオフィーリア様が被せてくる。
「わたくし達に近付いてくる人間は大抵何かを期待しているの。わたくし達の取り巻きになることによって得られる利益をね。奴らはわたくし達の友達になりたいなんて思っていやしないのよ。家を盛り立て便宜を図ってもらい一目おかれる存在にもなれる、それを目論んでいるだけの薄汚い人間だわ。わたくしはね、もっと純粋に心を許しあえる本当のお友達が欲しいのよ」
王妃様がそっと目元を拭うとオフィーリア様は気遣わしそうにそれをそっと見守っていた。