私、驚いてしまいました
夕食の時間になり恐る恐るダイニングに行くと、昼とは違い向かい合わせに席がセッティングされていたので私は安堵した。ありがとうアーサー他厨房メンバーの皆さま!
勿論出てくるお料理もごく普通。マックスはナイフとフォークを使い美しい所作で食事を楽しんでいる。昼は食べた気がしなかった私も今度は味わって食べることができた。メインまでは。そう、メインまでは!
「マイヤ、デザートの用意はできた?」
私は最後の一切れだったステーキを咀嚼しつつマックスによるマイヤへの問い掛けを完全に他人事として聞き流していた。が、『はい、テラスにご用意しました』とマイヤが答えるや否やマックスはつかつかと寄ってきて私が座っている椅子をグイッと引き、えっ?と聞き返す暇もないままに抱き上げて当たり前のように歩きだした。
「な?なんで?」
「マイヤがデザートをテラスに用意しちゃったんだそうだ」
いや、しちゃったのではなくするように指示されたに決まっている。だってマイヤはとってもデキるコなのよ!
テラスのローテーブルには確かにデザートの用意がされていた。そこにあるのは私が楽しく収穫したスモモのタルト、しかもとっても美味しそうな艶々のタルトだ。どうしてここに来たかは知らないけれどまぁ良い、早く味見したいので一刻も早く座らせて下さいな、と思う側からマックスはソファに座った。
私を下ろすことなく、だが。
「ねぇ、私、マックスの上じゃなくてせめて隣に座りたいんだけど?」
「残念だ。僕は隣じゃなくて膝の上に座って欲しいんだ」
それなら実力行使だと強引に降りようとしてみたが、がっちり回されたマックスの腕はびくともしない。武官ではないけれど外交官って危険な目に遭うことも皆無ではなくて、自分の身くらいは自分で守れるように鍛練するものなのだそうだ。そしてその成果が発揮されたマックスはほっそり体型ながら綺麗な筋肉質ボディだったなぁ……。で、今回もそれは変わらずらしく完全に拘束されている。
「マイヤ、お茶を淹れてくれるかな?」
ダイニングを振り返りながら声を掛けるとマイヤは瞬間移動くらいの反応の良さでそそくさと現れた。
ねえねえ、何故今呼ぶのでしょう?君には恥ずかしいという感覚が無いのですか?
「僕はフローラを膝に乗せたいんだがフローラが膝の上ではなくて隣に座りたいって言うんだ。マイヤはどう思う?」
「わたくしの主様は旦那様ですので……」
「うん」
「旦那様のお考えに賛同致しますわ」
「そうか」
「それに……」
マイヤは遠慮の欠片もなく膝に乗せられている私をじーっと見つめてほぅっ!と息をはきだした。
「ダーリンのお膝に座る……憧れますわぁ」
マイヤはぽっと赤らめたほっぺに手を当ててくねくねと身体を揺らしていたかと思いきや、突然両手を組み合わせ空を仰いで『す、て、き』とサイレントで唇だけを動かして言うとふわふわした足取りで戻って行った。
ダーリンって……サイレントって……。今回のマイヤは何かと面白いけれどちょっと不安な要素が多い気がする。
「マイヤは大賛成だったよ」
「でも私は横が良いので」
マックスははぁと大きなため息をつき未練がましくぎゅっと腕に力を込め、更には私の肩にコツンと額を押し当ててからやっと解放してくれた。でも試しに向かい側に移動しようとしたのにはすぐさま反応し、掴まえた手首を引いて敢えなく私は希望通り隣に座らされてしまった。
ん?そういえばお茶を淹れてくれるはずのマイヤは要らんことばかり言うだけ言って何もせずにふわふわと戻ってしまったではないか!
結局お茶はマックスが淹れてくれた。ドレッセンに留学していた頃は寮生活だったから一通りは自分でできるようになったのだという説明付きで。マックスの寮生活のことなんぞ、これまで私は欠片も耳にしたことはなくかなりのリアクションで驚いてしまった。
「といっても食事は食堂があるし洗濯はやってもらえる。だからこうしてお茶を淹れたり身の回りの事を自分でしたくらいだよ」
マックスは照れ臭そうにそう言うと香りの良いお茶の注がれたカップを私の前に置いた。
「フローラの話も聞きたいな?そうだ、どうしてあんなに梯子登りが上手なの?」
「あれは小鳥の巣が見たくて……」
「小鳥の巣?」
私はこくんと首を振った。
「幼馴染みの屋敷の庭の木に小鳥が巣を作ったの。その話を聞いたらすごく見てみたくなって……それで梯子に登ったのよ。その小鳥は毎年同じ巣に戻って卵を産むから私達も毎年梯子に登って巣を覗いたわ。春になると毎年……」
…………平気よ、怖くなんてないんだから!
『今年の卵は幾つあるの?』『うーん、五つ、みたいだな』『五つも!去年よりも二つも多いのね!それなら来年はもっと増えるのかしら?』『そうかも知れないね。来年もまた見てみよう、僕が梯子を掛けてあげるよ!』
『フローレンス!こんなところで何をしている。ジェレミアと二人きりでこそこそと、恥を知りなさい!』『いつそんなことを言った?婿養子をとるのはお前ではない』『そんなにジェレミアが欲しかったのか?浅ましい娘だ。いつまでも鬱陶しい泣き顔を晒すのはやめなさい』
…………違います、違うのです、お父様。
…………そうです、違うのです、お父様。
…………私の努力は何の為だったのですか?どうして教えて下さらなかったのですか?
…………それなのに、何故今頃私を責めるのですか?