私、はしゃいでしまいました
「マクシミリアンがそんなにも愛情を注ぐ人に出会えたとは……なんて素晴らしいのかしら!」
「ドレッセンに駐在していた僕は天使の存在など知る由もなかった。これは夫人のお力添えがなければ成し得なかった事なのです。もしもあのまま僕らが出逢うことのないままフローレンスが誰かに見初められその男の妻になっていたとしても、一目会った僕は必ずこの天使に恋をし、そしてその時は……」
コクりと喉を鳴らし言葉を止めたマックスに、夫人は前のめりになりながら『その時は?』と先を促す。
「絶望し生きる屍となっていたに違いありません!!」
「あぁ…………」
我が国一のサバサバ系女子は単なる仮定の話に両手で顔を覆って泣いておられる。お願いです、落ち着きましょう。
どうにか涙を収めた夫人は満足そうに深いため息をつくと恥ずかしそうに微笑まれた。
「あなた方に結婚祝いをとファビアン様と相談していたのだけれど」
夫人の仰るファビアン様とはロートレッセ公爵閣下である。
「折角なら二人が望んでいる物が良いんじゃないかと。何か希望の品はあって?」
「ありがとうございます。丁度先程フローレンスから可愛らしいおねだりをされまして……」
可愛らしいおねだり?あれ、おねだりって言うの?大体あれを夫人に言ってどうするのよ?
だが夫人は興味をそそられたようで目をキラキラさせながらおねだり内容の公開を待っている。
「フローレンスは猫が欲しいと言うのです」
当然ながら『猫、ねぇ……そう言われても……』という困った反応をされるとしか予想していなかったが、夫人は顔を輝かせて
「猫?猫!猫!!ネコちゃん!?」
と連呼した。それは嬉しそうに両手でほっぺを押さえながら。そして素早く呼び鈴を掴むと見たこともない高速でブルブル振り、メイドさんが来るのが待ちきれないのか先に廊下に飛び出して行った。
「直ぐに叶うって言っただろう?」
「猫が欲しいって言ったこと?」
「あぁ。ロートレッセ公爵夫妻は大の猫好きでね。この屋敷にも沢山の猫がいるけれど、閣下は以前からどうも子猫を引き寄せる方で、王宮の庭で子猫を保護しては引き取り手を探しているんだよ」
ということは?と思ったら、案の定夫人はバスケットを手に戻って来られた。中には小さな仔猫が二匹ぴゃーぴゃーと鳴きながら上を見上げている。
「可愛い!」
思わず声が出てしまう。
「どちらも乳離れしているしトイレの躾も済ませたわ」
ファビアン様が、と夫人は小声で言い添えた。
「可愛い!!」
あ、いけない。あまりの仔猫の可愛さについついマックスに向かって思いの丈をぶつけてしまった。マックスは顔を反らしながら『それ以上にはしゃいでいるフローラが可愛い……』なんてボソボソ言うし、そのボソボソを完璧に耳に拾った夫人はニヤニヤしながら見てくるし、わたくし、身の置き場がございません。
「黒猫が女の子で茶トラが男の子なの。どちらがいいかしら?」
「この子達は兄妹ですか?」
「えぇ、一緒にいるところを保護したそうよ」
マックスをチラッと見上げると喉元がコクりと動いたのが見えた。
うんイケる、多分イケると思う!
「兄妹離れ離れになるのは可哀想よねぇ……」
「うん、物凄く可哀想で涙が出てきそうだ。二匹いれば遊び相手にもなるし両方引き取ろう!」
イケるとは思ったがマックスがちょっと喰い気味過ぎて若干引いてしまった。夫人も同感らしくニヤニヤを深めている。
「本当にフローレンスに夢中なのねぇ。マクシミリアン、お願いだから仔猫に嫉妬なんてしないで頂戴よ?そうそう、この仔たちまだ名前を付けていないから早く決めて名前で呼んでやってね」
「名前はもう決めましたわ」
私は黒猫を抱き上げて頬ずりし、お尻を支えて鼻と鼻をくっつけた。
「この仔はヒルルンデ」
そう言いながらマックスにヒルルンデを抱かせ、今度は茶トラを抱き上げる。
「この仔はガルトートです」
「個性的な名前ね!」
夫人はキラリと目を光らせて私を眺めてからマックスに視線を移してにっこりと笑い掛けた。
「マクシミリアン、私貴方の奥様と友達になるわ。近々茶会を開くからどうぞ寄越して下さいね。ねぇフローレンス、わたくし達お友達になるんですもの、わたくしの事はオフィーリアと呼んで下さるわよね?」
私は驚いて極限まで見開いた目をマックスに向けたが、マックスは動揺することもなく落ち着いた声で答えた。
「お望みでしたらそのようにさせて頂きたく存じます」
「それにね、お義姉様もきっとこの娘を気に入ってよ。わたくしが一人占めしたら拗ねてしまわれるわ。その時は三人でお茶を頂きましょうね!」
「…………」
これにはマックスの目も極限まで見開かれたのは当然だ。だってロートレッセ公爵は臣籍降下された王弟殿下で、夫人……オフィーリア様がお義姉様と呼ばれているのはたったお一人。
王妃陛下だけでしたよね!?