違和感しかない私
「むふ、むふふふ……」
私の髪を梳かしているマイヤの意味深な笑いが止まらない。
「お姫様抱っこ!憧れますわぁ」
「大して良いもんじゃないわよ。こっぱずかしいったらありゃしないもの」
鏡に映る膨れっ面の私にマイヤはにへにへと笑い掛けた。
「よろしいじゃございませんの、なんたってほやっほやの新婚なんですもの。どうぞどんどん披露して下さいまし。旦那様が目尻をぶら下げて愛しげに奥様に微笑み掛けるところなんてよもや見られると思いませんでしたわ。あのくっそ真面目なマクシミリアン様が!」
マックス……愛しのフローラなんて呼ばれちゃたまったもんじゃないから仕方なしにそう呼ぶけれど、マックスはどうしちゃったんだろう?何だか気味が悪い。ちなみに今回のマイヤはかなり面白くて私はすっかりドはまりしています!
お化粧をし髪を編み込んでアップにしてローズピンクのデイドレスに着替えるともう昼食の時間だった。ダイニングに行こうと部屋を出たらドアの外にはマックスが待ち構えていた。
「フローラ、なんて美しいんだ。春の女神のようだ!」
「もうすっかり夏だけど?」
辛辣に答えるが感極まったように瞳をふるふると揺らすマックスは何のダメージも受けていないらしかった。
「こんな所で何しているの?」
「フローラをエスコートしに来たんだ」
「エスコート?お昼ごはんを食べにダイニングに行くだけなのに?」
マックスはことんと首を傾げた。
「ダメかい。それならまたさっきのように抱き上げて行こ」「ありがとう、嬉しいわ!」
私はマックスが言い終わらぬうちに差し出された手を取ってそそくさと歩きだした。全く、油断も隙もありゃしないじゃないか。
ダイニングに入るとマックスはいそいそと椅子を引き私を座らせ自分は向かい側ではなくて角を挟んだ右斜め前に座った。
ーー……?何でそこに!?
きょとんとしている私に対してマックスは極上の笑顔だ。物凄くこ機嫌だ。人間斜め前に座った位でこんなにご機嫌になどなるものだろうか?いや、そんな事はあり得ない……。
とそこに運ばれてきた皿の上の料理を見て、私はズブズブとテーブルの下に沈み込みそうになった。何故ってお皿の上の料理は全てお口にぽいっと一口で入るサイズ、ということはまさか……。
「ほらフローラ、口を開けて」
「いや、何故?どうして?」
疑問を呈しているその口にマックスは嬉しそうにサラダを入れて来た。サラダはサラダでも千切り野菜を生ハムで巻いて一口大に切った手の込んだサラダだ。うわぁ、千切った野菜に生ハムを乗せれば良いだけの話なのになんて事だろう。アーサー達に申し訳ない。
「美味しい?」
私はこくんと頷いた。恐縮ですが本当に美味しゅうございます。
「…………どうしてお口が開いているの?」
一応念のためあーんと口を開けているマックスに確認したが、やっぱりマックスの視線は私の顔とお皿の一口サラダを往復している。
「食べさせて欲しいってこと?」
マックスはニヤリと笑うと前のめりになって顔を近付けて来た。
「手にお持ちのフォークで刺してご自分のお口に入れたらよろしいのよ」
「ダメ、僕のフォークに刺した料理の行く先はフローラの可愛らしい口だけって決まってるんだ。だから僕の口にはフローラが入れてくれないと、僕は何も食べられない」
そう言いながらマックスはもう次のサラダを私の口に近付けて来ている。
「それとも今はフローラに食べさせることに専念しようか?」
私は素早く二つを天秤にかけて重さを比べた。口に入れられるのと入れるのはどっちがましか?比べるまでもなくマックスへの餌付けだろう。そのましな方が間に入ってあの拷問が二回一回置きになるのなら餌付けもやむ無し!
私はサラダをマックスの口元に近付けた。
「ほら、お口を開けて下さい」
「……」
マックスは最高の笑顔を浮かべつつ首を横に振っている。
ーー判ったわ、判りました!
「あーんっ!」
私の掛け声に満足そうな弾ける笑顔になったマックスはかぷりとサラダを口に入れ思わせぶりにぺろりと唇を舐めた。
「どうしたのフローラ?顔が赤いよ?」
私はむすっとマックスを睨んだ。どうもこうもマックスめ、無駄に顔が良いことを判ってわざと遣りやがったのだ。しかも五つも歳上なんだもの、そこはかとなく漂う色っぽさをさりげなく強調してくるとは卑怯なり!
カチンときた私は人差し指を伸ばしてマックスの口角に残っているドレッシングを拭ってぱくんと自分の口に入れた。いやー、ぎこちない夫婦だった我々は『仲良し活動アリ』だった頃だってこんな事しなかったけれどもね。
マックスは急に片手で顔を覆い俯きながら肩をプルプルと震わせた。え?ちょっと……息止まってる?って心配になったけれど、プハッって言いながら上げた顔は真っ赤で物凄い涙目だったので実際息はしていなかったと思う。そして何が起きているのかときょとんとしている私の頬に手を伸ばしてすいっと撫でながら言った。
「フローラ、愛してる」
「…………??」
私は益々きょとんとした。