僕も自由にやってみたいと思う
二度寝した僕が目を覚ましたのはすっかり日が高くなった頃だった。危ない危ない。午後からは外出しなければならないのに彼女との二人っきりの時間が無くなってしまうと、僕は慌てて身支度をし彼女を探した。
やっと見つけた彼女は庭にいた。というか正確には庭のスモモの木に掛けた梯子の上に。左手にはバスケットをぶら下げ右手を伸ばして赤いスモモをもぎ取っている……つまり手放しで梯子に登っているって事で。
どうも僕はびっくりし過ぎると声が出なくなるらしい。無言のまま駆け寄り梯子の二段目に脚を掛けると彼女のお腹に手を回し抱き寄せた。
「うぉぉっぷ!」
何だか変な呻きを上げた彼女だったが手放しだったのだからあっさり抱き降ろせだけれど相変わらず奇声を発している。それに反応するように庭師が駆け寄って来てスモモ入りの籠を受け取ると、彼女はやっと大人しくなりぐったりと身体の力を抜いた。
「フローレンス、大丈夫かっ⁉」
横抱きに抱え直しながら彼女の顔を覗き込むと、彼女はむっつりして僕を睨んだ。
えっと、君は何故僕を睨む……??
「苦しかったんですけど!折角のスモモだって危うく落とすところだったじゃないの!」
そうだ、スモモだ。
「スモモの木に掛けた梯子に登るなんて、何をしているんだ!」
「何ってスモモの収穫よ。それ以外に何をするっていうの?アーサーがスモモのタルトを焼いてくれるって言うから、じゃあ私に採らせてって頼んだだけよ。何か問題でも?」
彼女がじたばたと暴れたので僕は仕方なく芝の上にそっと降ろした。まぁその方が都合も良かったのだ。盛大なため息と共に彼女を抱き寄せ腕の中に閉じ込めてしまえたんだから。
「あんな姿を見るなんて……。息が止まるかと思ったじゃないか!」
「今現在私の方が息が止まりそうなんですけどっ!!」
真っ赤な顔で睨んでいる彼女は僕の腕から抜け出そうと必死にもがいているが…………可愛い。ぷんすか怒りながらジタバタするなんて、めちゃめちゃ可愛い。これが完全なる逆効果で益々抱きしめちゃいたくなるって辺りまるで解っていないのも堪らなく可愛い。
「旦那様、申し訳ございませんで。奥様がお見事に梯子を使われるのでつい……」
親方がもじもじしながら頭を下げると彼女は僕の腕の中でもがきつつ嬉しそうな声を出した。
「でしょう!私、上手だったわよね?」
庭師達はコクコクと首を縦に振った。
「という訳で心配には及びません。でもお気遣いには感謝します。さ、そろそろ離して下さる?」
僕はツンケンしている彼女をもう一度抱き上げ、そのまま屋敷に向かって歩き出した。
「……マクシミリアン、これはどういう意味?」
「マックス」
「はい?」
「マックスって呼んで」
彼女はスーッと眉間を寄せた。
「マクシミリアン様、何を仰るのかしら?」
「マックス、だよ」
「ブレンドナー様!」
「そして僕だけはフローラって呼ぶ」
「はい?」
彼女はことりと首を傾げた。
「どうして?」
「だって君は僕の愛しい人だから。うん、やっぱり『愛しのフローラ』って呼ぼう」
「長いっ!」
彼女……愛しのフローラはイライラした声で叫んだ。
「じゃあフローラだ」
「…………」
「そしてフローラは僕をマックスって呼ぶんだよ」
「…………」
「やっぱり愛しのフローラも捨てがたい」
愛しのフローラ、改フローラはしぶーい顔で考え込んだ。
「……マックス」
頬を赤らめて俯きながらポツリと言ったフローラがいじらしくて思わず頬摺りしてしまう。麦わら帽子越しだから頬をヤスリがけしたようにひりついたけれど。
フローラを抱いたまま部屋まで送ると着替えのデイドレスを用意していたマイヤが心配そうに僕の顔を見つめた。
「旦那様……足腰が立たぬほどでしたのに、そんなことをされては危険ですわ」
ーーちがーう、足腰は全くもって正常だ!寝不足だ、単なる寝不足っ!
と心の中で喚き散らしたが何喰わぬ顔で『もう平気だよ』と答え、彼女の支度を頼んで退出した。その前にポッと赤くなっているフワフワの頬に思わずキスをしてしまったが。
僕は自分の部屋に戻りソファに座るとクッションを抱えてギュッとした。たった今フローラをこの腕から放したばかりなのにもう物足りなくて堪らないのだ。モチっと柔らかく温かいフローラ、この感触はなんて久しぶりなんだろう。
それにしても……今回のフローラはやっぱりかなり違う。これまでだってあんなに、あんなにも愛しくて堪らなかったのに、今まで見た事が無かったあのぷんすか怒っている顔と言ったらば、凄まじい愛らしさじゃないか。
僕は急いで厨房に行くとアーサーに声を掛け、昼食について指示を出した。