私には不要です
「ねぇマイヤ、湯浴みは一人でするからもう下がっていいわよ」
抜き取ったピンを一纏めにしていたマイヤは『は?』と言うなりせっかく纏めたピンをポロリと床にぶちまけた。マイヤの他にもメイドのリジーとメアリがその場にいたけれど、どちらもぽかーんと口を開け放心状態に陥っている。
「それとその夜着は着ないから片付けてくれるかしら?」
指差した夜着をチラリと見たマイヤは急にぽっと頬を赤らめた。
「やだ奥様!素肌の上にガウン一枚をお召しになるのですか?いくら初夜でもそれは攻めすぎかと……」
「そうですわ。見えそうで見えないもどかしさも大切なのですよ」
「手ずから生まれたままの姿にしていく、殿方はそういう過程も楽しみの一つなのですわ!」
「そうなの?」
私が敢えて純真無垢なキョトン顔で聞き返すと三人はすっと視線を反らした。そうよね~、私と同世代の清らかな乙女たちだもんね!知識だけはたっぷりあるらしいけれど。
「それじゃなくて、こっちを着るから」
「えーっ!」
チェストから柔らかなリネンの夜着を引っ張り出して広げると、三人は抗議の声を上げ冷たい目で私を睨む。
「奥様、初夜でございますのよ。初夜!大切な初夜」
「そちらはお加減がお悪くて休まれる時の為に御用意したお品ですわ」
「そうですとも、お医者様に見られてもなんともない、そんなお品で旦那様をお待ちするなんて」
「「「ありえなーい!」」」
三人は声を揃えて叫んだ。
「今夜は念入りに念入りに念入りにきれいにして」
「クラっとするような香油で全身くまなくマッサージして」
「『も、もしや……そこにうっすら透けて見えるのはっ!』なんて思わず生唾飲んじゃうような扇情的な夜着で旦那様を迎え撃つものでございましょう?」
「そうなの?」
三人は純真無垢なキョトン顔にまたもや視線を反らしたが、意を決したようにマイヤが一歩進み出た。
「だからこそそんなにぺらっぺらに薄っぺらでリボンをほどけばフルオープン的な夜着が用意されているのです。下着だってほら、初々しいようでありながら実はなかなかの艶かしさを醸したすこの形。今夜はこれで旦那様を心をズキューンと撃ち抜き恙無く明日の朝を迎え『フローレンスはぐっすり眠っているんだ。夕べはつい無理をさせてしまったからね。目が覚めるまでそっとしておいてくれないか?』なーんて恥ずかしそうにもぞもぞ指示を頂く。そうしたら私共は大成功とばかりにこっそり親指を立てるのですわ」
彼のモノマネまでぶっ込んで力説してるけどマイヤって……こんなだったかな?私は更にマイヤの新しい一面を引き出すべくもう一度キョトンとして『そうなの?』と聞いてみた。ホントはここにいる四人の中で夫婦のあんなことやそんなことへの知識と経験を兼ね備えているのは私一人なんだけれど。まあ、記憶の中ではですがね。
「そうじゃなければご実家もこのようなお品を用意なさいませんでしょう?奥様がこれをお召しになってごらんなさいませ。きっと五割増しにエロぉ~くおなりですわ。更には肌からほんのり立ち上る官能的な香り……血気盛んな23歳の旦那様ですもの、思わず欲望の命じるままに骨付き肉にむしゃぶりつく獅子のように猛々し……んっんんっ!」
折角凄い表現をし始めてこれは益々面白い!って思ったところなのに、マイヤは我に返り口を閉ざしてしまった。残念だ。
「でもね、本当に良いの。だってそれ誰の指示?旦那様に言われたの?違うでしょう?」
三人は顔を見合わせた。そうよね、優秀なメイドだからこうして当然のように私を仕上げようとしてくれたけれど、他所様の旦那様はいざ知らず、あの彼がそんな具体的な指示なんか出すわけないのだ。
「悪いけれど私にはそういうのは不要なの。でも別に不都合はないから心配しなくて良いわ。湯浴みして適当に支度をして、そうしたら寝室に行くからみんな下がって頂戴。お疲れ様」
私はそれだけ言うとそそくさとバスルームに入り鍵を掛けた。閉め出された三人は『奥様~っ』と必死に呼び掛け、それでも言いなりになる気のない私に狼狽えておろおろしている気配が伝わって来たが、私が機嫌良く鼻唄を歌い始めると諦めたように出ていったらしい。私はズブズブ頭までお湯に潜るとぷくぷくと息を吐いてから勢いよく顔を上げた。
「さーて、始めるか!」
私はバスタオルを身体に巻き付けぐぐっと一つ伸びをした。




