僕と彼女の出合い
「フローレンス・ホルトンでございます」
父親に促された彼女はほんの少し俯きながらそう言って、おずおずと僕に視線を向けた。それは僕が恋に落ちた瞬間だった。
いや、その時の僕はもう既に彼女に恋をしていたのだろう。両親と共にこの屋敷を訪れた彼女が馬車から降り立ったその時に。きっと僕は確信をしたんだ。僕は彼女に恋をしてしまったのだと。そしてたとえ何があろうとも永遠に彼女を愛し続ける運命なのだ。
そう、あの時の僕はまだ知らない。この先に何が待っているかということも、それがどんなに呪わしく苦しく切ない日々かということも。
僕らは勧められるままに二人きりで庭園に出た。七月の明るい陽射しの中なのに、僕の手に乗せられた彼女の白い指は冷たくて少し震えている。
「震えているね?どうかしたの?具合が悪いのかな?」
そう言って彼女の青磁色の瞳を見つめると、彼女は戸惑ったように視線を彷徨わせて芳香を放つ白い百合の花に目を止めた。
「いえ、そんな事は……ただ少し緊張してしまって」
不安気に僕を見上げて来た彼女と目が合うと、僕の心臓はドクドクと激しく鼓動する。くるりとカールした長い睫毛に縁取られた大きな目とくっきりした鼻筋、白磁のような肌のふんわりした頬は恥ずかしそうにほんのり紅く染まっている。きゅっと閉じられてはいるけれどふっくらとした唇。ハーフアップにされた艷やかな金色の髪はくるくるとした巻毛で陽の光を受けて輝いていた。
僕は耐えきれなくなってふいと顔を背けた。困るんだ、本当に困る。彼女はあまりにも可愛らしすぎる。その姿も仕草も、春風のような優しい声も。
侯爵家の娘の彼女と伯爵家の嫡男である僕らの縁談は互いに顔も知らぬまま進められていた。心を引かれる誰かがいた訳ではないが、僕にはやはり釈然としない思いがあり、それは彼女も同じ気持ちだったのではないだろうか? 17歳の夢見がちな年頃の娘なのだから、むしろ恋というものに憧れを持っていたのかも知れない。
それならば彼女も恋をすればいい。僕の気持ちに彼女が応え互いに想い合い愛し合えば僕は彼女を幸せにできる。
それから程なくして僕らは婚約した。互いに屋敷を行き来し時には街に出かけ二人だけの時間を楽しんだ。招待された夜会には婚約者として艶やかに装った彼女の手を取って足を踏み入れる。彼女の美しさに目を見張る男達の視線を受けながら、僕は誇らしく思いつつ、一方で気に入らないと思ったりしていた。
「マクシミリアン様、どうして怒っていらっしゃるの?」
男達の視線なんて気にもしていない彼女はそんな僕を不思議そうに見上げて来る。その瞳に僕だけを映して。
僕は思わず彼女を抱き寄せてしまいたい衝動を懸命にこらえ、彼女に微笑んだ。
「夜会になんて来るんじゃなかった」
「まぁ、どうして?私、何か気に障るような事をしてしまったのかしら?」
眉尻を下げ不安そうに首を傾げる彼女の耳元に顔を寄せ僕は囁く。『本当は美しい君を誰の目にも晒したくはなかったんだ』って。
彼女は目をまん丸く見開いて、それからぽうっと頬を紅く染めた。それはどんどん広がって耳や首筋まで広がって行く。そんな彼女が僕は愛しくてならなかった。
やがて18歳になった彼女と僕は晴れの日を迎え聖堂で永遠の愛を誓い合った。
花嫁姿の彼女の美しさに僕は胸を震わせた。