冬季の始まり
さて、冬季に入ったゼルシェン大陸・・・・
冬を過ごす、翡翠の貴公子と金の貴公子の御話の短編です☆
ほんのりBLを、御楽しみ下さい☆
ゼルシェン大陸の長い冬季が始まった。
日々の仕事に追われていた異種たちも冬季に入ると、ゆったりとした時間を送る事が出来る。
一年の中で唯一、異種たちが長期休暇を取れるのが、此の冬の季節だ。
雪の降る間隔がそろそろと短くなり、徐々にゼルシェン大陸を白く染め上げていく。
そんな冬の朝。
「うう・・・・寒い寒い!! 主、おはよ~~!!」
金の貴公子が夜着にガウンを羽織った姿で、
首をすぼめ乍ら翡翠の館の主の寝室の扉をノックもせずに開けて入ると、
翡翠の貴公子も又、夜着にガウン姿で暖炉の前の椅子に腰掛け、
熱い珈琲を飲み乍ら新聞を読んでいた。
「おはよう」
短く返事をすると、翡翠の貴公子は新聞に目を落とした儘である。
其れは、いつもの光景だ。
金の貴公子は暖炉の傍に椅子持って来て座ると、火に手を翳し乍ら楽しげに言う。
「今日も一日、どうしよっかな~~??」
暇人金の貴公子は欠伸をし乍ら、ちらちら隣の翡翠の貴公子を見る。
冬季休暇に入ったと云う事は即ち、此の翡翠の同族との二人きりライフの始まりと云う事である。
金の貴公子は其れが嬉しくて堪らなかった。
勿論、普段も二人きりなのだが、通常の翡翠の貴公子は接待や会議に出掛ける事が多く、
屋敷に居ればデスクワークに勤しんでいた。
だが冬季休暇が始まった今、翡翠の貴公子を拘束する其れ等はないのだ。
つまり翡翠の貴公子に相手をして貰える・・・・其れが金の貴公子の口許を緩ませて仕方なかった。
だが。
新聞を読み乍らの翡翠の貴公子の言葉は予想外のものだった。
「今日は大掃除をする」
「ふぅん、大掃除ね・・・・ええっ?!」
寝惚け眼であった金の瞳が一気に目を覚ます。
「大掃除って、俺が?? 俺たちがするのか??」
「俺は自分の部屋を掃除する。御前は御前の部屋を掃除しろ」
依然、新聞から目を上げず淡々と言う翡翠の貴公子に、金の貴公子はあからさまに嫌な顔をする。
「嫌だよ、掃除なんて~~!! そんなのメイドに任せておけばいいだろう」
俺は遣らない。
面倒臭そうに唇を尖らせる金の貴公子に、翡翠の貴公子は抑揚の無い声で言う。
「メイド達は屋敷中の大掃除をする事になっている」
だから自分の部屋は自分で遣れ、と、翡翠の瞳が見返してくる。
だが金の貴公子は断固として首を振った。
「矢駄よ、掃除なんて!! 超寒いし」
「遣っていれば身体は温まる」
「嫌なこった~~!! 俺はメイドに頼むから!!」
「・・・・・」
駄々をこねる子供の様な居候に、翡翠の貴公子は其れ以上、何も言わなかった。
しかし朝食を終えた翡翠の貴公子が用意された掃除道具と水の入ったバケツを持って、
二階の自分の部屋へと上がって行くのを見て、金の貴公子は些か信じられない気持ちになった。
主の寝室の扉を少し開いて、こそりと隙間から様子を伺うと、
驚く事に彼は絨毯を担いでバルコニーへと運び、
叩き棒でパンパンと埃をはたき始めるではないか。
其の館の主らしからぬ姿に、金の貴公子は思わず口をぽかんと開けてしまう。
するか、普通??
曲がりなりにも館の主が絨毯をバルコニーに干して、埃をはたくなど??
館の主としてのプライドは、ないのだろうか??
呆然と部屋を覗いている金の貴公子に気付いているのかいないのか、
翡翠の貴公子は今度は部屋の埃をはたきで落とし始める。
其の黙々と掃除をする主の姿に、金の貴公子は酷くばつの悪い気分になった。
一階からは忙しそうなメイドの声と足音が響いている。
「・・・・・」
金の貴公子は一人黙り込んだ。
何故だろう・・・・何だか一人取り残された様な気分だ。
詰まらない・・・・いや、居場所が無い・・・・。
こんなのは面白くない・・・・。
其処まで思うと・・・・金の貴公子は扉を大きく開け、部屋に入るなり言った。
「あ、主!! 俺・・・・俺も掃除するからさ・・・・で、でも・・・・」
此の居候が突然入って来る事には慣れているのか、
翡翠の貴公子は別段驚く風もなく静かな眼差しで彼を見る。
其の視線をしっかりと見返し乍ら、金の貴公子は勇気を振り絞る様に言った。
「俺、主の部屋の掃除、手伝うからさ、主も俺の部屋の掃除、手伝ってよ」
「・・・・・」
「だって一人で部屋の掃除するなんて、詰まんないじゃん。だからさ、一緒に遣ろうよ!!」
金の貴公子の提案に翡翠の貴公子は暫し沈黙していたが、
「判った。じゃあ、此の部屋の棚の掃除をしてくれ」
理解したのか、頷いた。
金の貴公子は「了解!!」と額に手を翳すと、服の袖を捲り上げる。
そして、バケツの水に雑巾を浸すと、
「ちめてぇ」
と言い乍ら絞り、薬棚の掃除を始める。
部屋の中は普段メイドが掃除をしているので目立つ汚れはなかったが、
翡翠の貴公子の薬棚には触れてはいけない事になっていたので、硝子扉を開けると、
中には埃が結構溜っていた。
棚の中にずらりと並ぶ小瓶を倒さない様に、雑巾で慎重に、
だが鼻歌を歌い乍ら埃を拭いていく金の貴公子。
そして棚を一段一段綺麗にしていき乍ら、金の貴公子は、ふと思った。
そう云えば・・・・翡翠の貴公子の寝室を、こんなにまじまじと見たのは此れが初めてだ。
普段は彼の執務室で一緒に過ごしており、彼の寝室に入るのは彼が寝坊した時だけだった。
寝室をぐるりと見渡すと、年季の入ったキングサイズの寝台に棚が三つ。
一つは今拭いている沢山の小瓶の並んだ棚、もう一つは本棚、そして薬作りをする為の机の傍に、
沢山の小さな引き出しの在る棚が立っている。
おそらく其の引き出しの中にも、薬の材料となる物が入っているのだろう。
部屋の中も少し薬臭い。
だが其れが翡翠の貴公子の部屋らしいと、金の貴公子は思った。
小瓶の並ぶ段を拭き終えると、金の貴公子は一番下の段の木の扉を開いた。
中には様々な書類やファイルが入っていた。
此処は拭かなくても良いかと思ったが、よく見ると書類の隙間にも埃が溜っており、
金の貴公子は一旦、其れ等を全部出す事にした。
順番だけは変えない様に・・・・と端から端を手で押さえて纏めて出そうとしたが・・・・。
流石に無理が在ったのだろう、真ん中から書類がずり落ちると、バサバサと床に散らばった。
「あっ・・・やべぇ、やべぇ!!」
狼狽える金の貴公子を、窓拭きをしている翡翠の貴公子が見る。
「ちゃんと元に戻すから!!」
苦笑いし乍ら戸棚の中を拭く金の貴公子。
そして床に散らばった書類を手に取り、適当に纏め様とした時。
金の貴公子は一つの茶封筒に目を留めた。
「うあ・・・・此の切手、超古そう。
こーゆーの漆黒の貴公子、無茶苦茶、喜ぶんだろうなぁ」
思わず切手オタクの漆黒の貴公子の事を思い出してしまう。
古切手の良さは自分には全く判らないが・・・・。
興味無さ気に其の封筒を他の封筒と纏め様とした金の貴公子だったが、
其の封筒から少し飛び出している古い紙に、ふと手を止めた。
「何だ、此れ・・・・絵??」
封筒の中には数枚の古い紙が入っていた。
徐ろに其れを取り出して見る。
「・・・え・・・??」
金の貴公子は思わず目を見開いた。
古びた紙には、美しい少女の絵が描かれていた。
翡翠の髪に翡翠の翼・・・・額には見慣れた翡翠の紋が在る。
・・・・なんだ、此れは?!
其れは明らかに異種の絵だった。
金の貴公子は強張る手で絵を一枚一枚見てみる。
其の中には、裸の翡翠の髪の少女の絵が数枚在った。
「此れって・・・・もしかして、主の子供の頃の・・・・!!」
では、水の貴婦人が言っていた事は、やはり本当だったのか?!
主は、やっぱり女・・・・
「そんな訳がないだろう」
バサリと突然、翡翠の貴公子が絵を取り上げた。
金の貴公子は床にしゃがみ込んだ儘、呆然とした顔で翡翠の貴公子を見上げて言う。
「其れ・・・・何?? 主の子供の頃のじゃないのか??」
衝撃を隠せず固まっている金の貴公子に、翡翠の貴公子は小さく溜め息をついたが、
「懐かしいな」・・・・と呟くと、絵を一枚一枚見始める。
「此れは貰ったんだ。昔、出逢った魔術師に・・・・名は・・・・確か、ローティスと云ったな。
俺が此の絵を欲しがったから・・・・そうだな、八十年くらい前に送ってきてくれた」
記憶を手繰り寄せる様に言う翡翠の貴公子に、だが金の貴公子は立ち上がると、再度、
訊いてくる。
「此れって、主なのか??」
「・・・・違うと言っているだろう」
低く唸られて、金の貴公子は「冗談だよ」と慌てて手を振る。
一枚一枚絵を眺める翡翠の貴公子の隣から、金の貴公子も覗き込む。
しかし見れば見る程、其の少女は翡翠の貴公子に似ている気がしてならなかった。
だが、よく見てみると、少女の胸には小さい乍らも膨らみが在る事に、金の貴公子は気が付いた。
そして当然のこと乍ら、隣の翡翠の貴公子には胸などない。
其れは慰安旅行での温泉でも既に確認済みである。
では、やはり此の少女は、翡翠の貴公子とは別人なのか・・・・??
内心、謎が渦巻いて仕方なかったが、此れ以上問い詰めると翡翠の貴公子が怒りそうだったので、
金の貴公子は黙って絵を眺めた。
すると・・・・金の貴公子は又しても、ふと気が付いた。
此の絵の少女・・・・翡翠の貴公子以外の誰かに似ている気がする。
一体、誰だったか・・・・。
此の感情の伺えない冷めた表情・・・・誰かに似ている。
だが、なかなか思い出せなくて、金の貴公子は質問を変えて言ってみた。
「でも何で主、こんな絵、欲しがったんだよ??」
幾ら同族らしき絵とは云っても、裸婦画が何枚も入っている。
もしや翡翠の貴公子も、それなりに春画を見たりする人だったのか??
其れは余りに意外で、自分の胸の奥が小さく早鐘を打つのを金の貴公子は感じた。
だが翡翠の貴公子は暫し考えると、少女の裸婦画を眺め乍ら、こんな事を言ったではないか。
「気に入ったから・・・・だろうか」
其の言葉は金の貴公子の予想を遥かに越えていた。
「えっ・・・??」
えええええっ?!
何っ??
実は主、ロリ好きなのか?!
余りの驚愕に、金の貴公子は金魚の如く口をパクパク開閉する。
其の信じられないと言わんばかりの金の同族には、もう反応せず、
翡翠の貴公子は絵を封筒に仕舞うと、其れを金の貴公子にバサリと渡して窓拭きに戻って行った。
其の後、翡翠の貴公子は黙々と掃除をし続け、
金の貴公子は質問するタイミングを見付けられなかった。
二人は午前中の間、翡翠の貴公子の部屋を掃除すると、
午後は金の貴公子の部屋を二人で掃除した。
そして翡翠の館は一日がかりで、速やかに大掃除を終えたのである。
始めは掃除をする事に抵抗していた金の貴公子であったが、一日通して部屋を綺麗にすると、
此れが案外気持ちが良いもので、一人、檜風呂に浸かり乍ら、彼は機嫌良く鼻歌を歌っていた。
頑張ったせいか、今日は一段と風呂の湯が心地良く感じる。
「まぁ、たまには掃除するのもいいかもな」
でも毎日は嫌だけど。
しかし今日は最高に気分がいい。
冬季の間、こんな毎日が、ずっと続けば楽しいのになぁ・・・・と、つい思ってしまう。
金の貴公子は一人楽しく、ふんふんと鼻を鳴らしていたが・・・・突然、或る事を思い出して、
鼻歌を止めた。
彼の脳裏に過ぎったのは、翡翠の貴公子の部屋で見た絵の翡翠の髪の少女であった。
誰かに似ている・・・・と思ったのだ。
そう・・・・自分の知る誰かに。
其の誰かとは・・・・。
「・・・・水のっ・・・貴婦人だっ!!」
思わず出た自分の声に、金の貴公子の全身が硬直する。
そうだ。
水の貴婦人だ。
あの少女は水の貴婦人に似ているのだ。
あの何処か冷めた目と云い、感情を感じさせない雰囲気と云い・・・・
水の貴婦人の姿を少女の頃に戻したら、あんな感じかも知れない・・・・。
だとしたら翡翠の貴公子が水の貴婦人を好く心も判らなくもない気がする。
翡翠の貴公子は少し冷めた雰囲気を持つタイプの女性が好きなのかも知れない・・・・。
「・・・・何か・・・・矢駄な・・・・」
先程までの御機嫌は何処へいったのやら、金の貴公子は鼻まで湯に浸かると、
ぶくぶくと音を立て乍ら唸った。
間も無く年が明ける。
この御話は、ここで終わりです。
ほんのりBLと共に、二人の姿が目に浮かんだのなら、幸いです☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆