すっきり致しましたわ。わたくし幸せになります。
木の陰から出て来て、カルナード王太子に向かって声をかける。不敬と言われても構わなかった。
「あら…わたくしの悪口ですか?王太子殿下。お初にお目にかかります。エレシア・スタンシードですわ。」
カルナード王太子は話しかけて来たエレシアを睨みつける。
「エレシアっ。お前に発言を許可した覚えはない。不敬であるぞ。それに、立ち聞きとは失礼極まりない。」
「偶然、木の陰におりましたら、聞こえてきたまでです。王妃教育を受けて来たわたくしは、堅苦しい女にならざる得なかったのですわ。解りました。こんな堅苦しい女よりも、癒される方を正妃にした方が良いでしょう。王太子殿下の方から婚約破棄を申し出てくださいませんか。」
「いやそれは…。父上が決めた事だ。覆すわけにはいかない。いかにお前が俺の好みに合わない女だとしてもだ。」
「そうですわね。王命とならば、仕方ありませんわ。ただし、白い結婚にしてくださいませ。貴方の跡継ぎを生むなんて御免こうむります。ああ、もう虫唾が走る。」
「虫唾が走るとは、そこまで言うか。」
「わたくしは堅苦しい女ですから。今から貴方様はわたくしの敵認定ですわね。
ああ、そう、言っておきますけれども、側妃を迎えるのは構いませんが、徹底的に公爵家の権限を使って苛め抜きますからご覚悟なさいますように。」
「何だと?」
「スタンシード公爵である父は王家の影の総責任者でもございますから、何なりとすることが可能ですのよ。そうですわね…。側妃を毒を盛って、殺してしまいましょうか。」
「そうしたならば、お前を罪人としてさばいてくれるわ。」
「あら、わたくしの仕業だと言う証拠は残しませんわ。当り前じゃないですか。少量ずつの毒を混入して、自然死に見せかけるのも悪くないですわね。」
扇を口元に当てて、オホホホホと笑って見せる。
騎士団長子息も宰相子息も口出し出来ずに、オロオロと二人のやりとりを見ていた。
エレシアは子息達二人に向かって、
「貴方達もわたくしの敵認定ですわね。先々楽しみですわ。それでは失礼致します。」
優雅にカーテシーをして、エレシアはその場を去った。
敵と決まったからには容赦はしない。
翌日、父と共に、エレシアは王宮へ行き、この国の王、フィルディス王国の王に王の執務室で謁見した。あらかじめ人払いをするように、王に言ってある。
スタンシード公爵は、影の者を使い、王の為に情報を集めたり、汚い仕事に手を染めたりしていたので、こうして内々に会う事は良くある事なのだ。
エレシアの父、スタンシード公爵はフィルディス王に向かって、
「今日は娘の事で参りました。カルナード王太子は、うちの娘をないがしろにして、今から側妃になる者を探しているとの事ですが、それはあまりに酷い話ではありませんか?」
フィルディス王は、首を捻って。
「そうなのか?カルナード王太子を呼ばせよう。」
扉を開けて、外に控えている臣下に命じて、カルナード王太子を呼んでこさせる。
そして問いかけた。
「カルナード。エレシアをないがしろにして、今から側妃を探しているとの事だが、本当の事か?エレシアとは幼い頃から婚約が決まっていて、学園を卒業と同時に結婚する手筈となっていたはずだが。」
「本当です。父上。ろくに会った事もない堅苦しい女よりも、私は癒される女性を傍に置きたい。だから結婚したとしてもエレシアとは白い結婚でありたいと思っております。」
フィルディス王は頭を抱えて、
「まさかとは思うが、今までエレシアと交流をしてこなかったと言うのではなかろうな。」
「何故?私から交流を?会いたければ、この女から会いにくればよいでしょう。私は王太子なのです。当然ではないですか。」
スタンシード公爵がゴホンと咳ばらいをして、
「我が公爵家は臣下なのですから、政治的な事はともかく、このような交流においては、お呼びが無ければ、お会いする事も叶いません。」
エレシアはこの時とばかり、フィルディス王に、
「わたくしに、発言をお許しいただけますか。」
「良い。許す。」
「わたくしは、カルナード様の良き伴侶となるために、王妃教育を幼い頃から頑張って参りました。カルナード様とは年に一度、遠くからお見掛けするだけで、学園に入ったらきちんと交流頂けるものかと楽しみにしていましたのに。一度もお声をかけて貰えず、堅苦しい女だからと顔を見たくもないと。わたくしはもう、胸が潰れる思いでした。
もし、叶うならば、わたくしも白い結婚を望みたいと思います。側妃を持ちたいのなら構いませんわ。わたくしはただ、せっかくの王妃教育を無駄にしたくはありません。」
スタンシード公爵は、畳みかけるように、
「娘はこう申しておりますが、フィルディス王。私は娘が不憫で不憫で。
白い結婚を望む親なんて、どこにいるでしょうか?私は自分の孫が見られない結婚なんて、
望みたくはありません。」
そう言うと、桃色の小瓶を取り出して、
「見て下さい。王…。王の望みの物を新たに手にいれました。この毒は、盛られた者を証拠も残さずに病死に見せる優れた毒でございます。」
フィルディス王は青くなって、
「何が言いたい。」
「いえ、何も。これまで通り、王のお望み通り、影の者を使って、我が公爵家は働く事でしょう。勿論、我が公爵家の敵は容赦致しませんが。」
カルナード王太子も声を震わせながら、
「もし、私が側妃を迎えると言ったら…」
ニンマリとスタンシード公爵は微笑んで、
「お迎えなさったら如何ですか。悪い病でお亡くなりになるかもしれませんな。」
エレシアもにっこり微笑んで、
「お気の毒に。まだお若いのに、病にかかってお亡くなりになるとは。気の毒ですわ。」
フィルディス王は、カルナード王太子を叱りつける。
「カルナード。エレシアを大切にするように。白い結婚等許さん。勿論、側妃等、持つというのなら、お前を廃嫡する。」
「ち、父上???」
「エレシア。何だったら、第二王子を其方の伴侶にしてもいいぞ。其方より、歳は下だが、十分に優しくいい男だ。私が保証する。」
エレシアは、カルナード王太子に近づき、その手を握り、
「カルナード様で我慢しておきますわ。改めて、わたくしが、婚約者のエレシア・スタンシードです。よろしくお願い致しますわね。」
カルナード王太子は真っ青な顔で、
「ああ。白い結婚なんて言って悪かった。」
「堅苦しい女とか、顔も見たくないとかおっしゃいましたわ。」
「訂正する。全面的に俺が悪かった。だから、許して欲しい。」
「それから…」
エレシアは考えるように、
「側近のご子息達は、側近から外した方がよろしいですわね。誰も咎めず、一緒になってわたくしの悪口を言っておりましたわ。」
「解った。そうしよう。」
エレシアはそっとカルナード王太子に耳打ちする。
「虫唾が走るとか、わたくしも散々言いましたけれども、心を入れ替えるならば、ヨシと致しましょう。あまりにも役に立たない王でしたら、わたくしが子を産んだ後に、死んで頂くのもよいかもしれませんね。」
カルナード王太子は更に顔色を悪くしながら、
「大丈夫だ。エレシアの期待に応えられるような王になる。必ず。エレシアの事も大切にする。心から誓わせて貰おう。」
「嬉しいですわ。カルナード様。」
エレシアは愛し気にカルナード王太子に抱き着いた。
この謁見があってから、人が変わったように、学園でカルナード王太子はエレシアと共に過ごすようになり、人々はお似合いの美男美女のカップルだと褒め称えた。
騎士団長子息と宰相子息は、学園を辞めさせられ、辺境の国境警備隊へ飛ばされた。
学園を卒業後、カルナード王太子とエレシアは結婚し、カルナード王太子は、王になってからも、側妃を娶らず、生涯、エレシア王妃を大切にし、二人の間には子宝にも恵まれて、
幸せに暮らした。
ただ、いつもカルナード王は王妃の顔色を伺い、尻に敷かれているようだと、噂が絶えなかったと言う。