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097話 禁書捜索その1

 西部の土壌は、東部と比べると乾いている。


 街道の両脇に繁る草では照り付ける日差しから俺を遮ってはくれない。御者席に座って走り通しだと、あっという間に干からびる。


 土埃でじゃりじゃり言う口をゆすぎたいし、水分を補給しないと脱水症状で倒れ……はしないかもしれないが、わざわざそんなことで苦しみたくない。


「バスティ、水筒取ってくれ」


 後部、特にすることもなく雑談に興じる彼女に頼むと、


「カストラス、取ってあげてくれ」


「おい、君の方が近いだろう」


「この手が短いから悪いんだ」


「私は注文通り造ったよ。文句を言うとすれば、そんなオーダーを出した自分自身に言うべきだ。分かったらさっさと手を伸ばして取るといい」


「ウィーエ、取って」


「ごめんなさいバスティさん、今ちょっと考え事をしていて」


 誰か取ってくれよ。


 こんなことに《信業》を使うのも馬鹿らしいと思いながら、俺は、西部の大都市ゴルデネスフォルムへと向かっている。


 最終目的地はサンザリーエア、《魔界》へとつながる安定《経》の存在する地。《幻魔怪盗》が『バズ=ミディクス補記稿』を《魔界》に持ち込むのを阻止するため、一刻も早く、《幻魔怪盗》よりも早く到着する必要がある。


 それなのに、馬車の操縦ができるのは俺一人。


 記憶喪失かつ(自称)小神のバスティができないのはまあ、納得できる。


 次期当主とはいえ、まだ若輩の魔術師たるウィーエにも、そういうのは向かないだろう。


「カストラス、あんた何百年も生きてるんだから馬車くらい操縦できるんじゃないのか?」


「長生きすれば何でもできるというものではないよユヴォーシュ。歳を食えばわかる、新しいものを覚え取り入れていくことの苦しさを」


 そしてシナンシスは未だにぐっすり(・・・・)だ。


 俺の体力が保たないので、道中で適宜休息を取らねばならない。ゴルデネスフォルムまでの間で一泊野営、ゴルデネスフォルムの宿で一泊。そこからはサンザリーエアまでカッ飛ばして、到着は三日後の計算となる。


 丸一日馬車を走らせたことなど今までなかった───交易都市モルドリィまでは、喫緊の用事でもなかったから割とのんびり進んでいたのだ───ため、それはもう泥のように眠るしかない。夜間の見張りはあとの三人に任せて、俺は一足先に毛布にくるまらせてもらうのに罪悪感など抱かない。どうせ明日も、俺が馬車を駆るしかないんだから。


 あっという間に襲い掛かってくる睡魔の波に翻弄されながら、ふと、思う。


 馬車に積み込まれたまま、それこそ死んだように沈黙を保っているシナンシス。彼が《《そう》》なったのは、何がきっかけだっただろうか、と。


 あの時は、確か───


『ところで、その魔術師について分かっていることはあるのか?』


『外見は見ればわかるけど、説明は難しいよな。普通のおっさんって感じ』


『あとは名前だね。カストラスって名乗ってた』


 そんな、他愛のない会話を、交わして。それで出かけて───


 ああ、だめだ。


 おきていられない。




◇◇◇




 深夜。


 ウィーエから見張りの番を引き継いで、焚火を薪でつつきながら、カストラスがぽつりと呟く。


「……そろそろ狸寝入りもどうかと思うよ、シナー」


「フン。文字通り合わせる面がない気分が、お前に分かるか。ストラ」

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