093話 術師抹殺その4
「ひでえ目に遭った」
「《信業遣い》に無策で突っかかればああもなろう。君の無思慮の代償だ」
「お前がとっ捕まってなきゃ不要な負傷だぞ」
運ばれるまま肩をそびやかす男に、ああ、カストラスはこういう男だった、と思い出す。
悉く他人事。
万事、どうなろうと構わない。
そういう男だ。
学術都市レグマの禁書庫荒らしも、彼は必死に求めたワケではなかった。あくまでやらなきゃいけない仕事程度のニュアンスで、バスティの義体を作って欲しいなら代わりにやってくれれば手が空くんだが、くらいの気分。俺が気軽に引き受けてホイホイ禁書庫に突っ込んでしまったのも、もとはと言えば彼の雰囲気のせいだった。
馬車にカストラスを放り込んで、そのまま屋根を一歩、降りて御者台に収まる。馬たちに鞭を入れて急発進する俺の後ろでこんな会話。
「やあやあ、久しぶりだねカストラス。無事だったかい?」
「バスティか。まあ、大したことは起きないものだよ」
「ああ父祖さま! やっと見つけました!」
「君は……ああ、私をそう呼ぶってことはそういうことかい。もうそんな時分か……」
「お初にお目にかかります、父祖カストラス。私はウィリエイオ・シーエ=カストラス、お察しの通り、次代当主です」
「よろしく、ウィリエイオ」
「ウィーエとお呼びください、父祖よ」
気になる話がポンポン出てくるのに、俺は今それどころじゃない。急いでヴィゼンを脱出して追跡を振り切らないと、また額から真っ二つにされちまう。
「とりあえず街出て、東───ニーディーキラ交易路に戻るぞ。色々あってカストラス、あんたをそっちに連れてかなきゃならなくなったからな」
「それは困る。西へ、西へ進むんだ。君もそうする他はないハズだ」
「西ィ!? 大陸の端っこまで行く気か、何故だ!?」
はははっ、と笑う声はカストラス。
「君が今更私に用事があるとしたら、あれしかないだろう。───『バズ=ミディクス補記稿』を回収しに行くんだよ」
日が暮れるまで馬を走らせた。ほぼ半日を移動に費やした事実は、俺の四肢に顕著に表れている。
……疲れた。飯を作る気も起きないくらい疲れた。
適当な道端に馬車を停めて、馬たちから銜を外してやって自由にさせてやって、そこで力尽きて俺はひっくり返っている。ずっと振動を受けていたせいで尻が痛い……。
「ユーヴィー、ご飯まだ?」
「大丈夫ですか、ユヴォーシュさん……」
「ヒゲン峠まで行きたかったが、厳しかったか」
どうして一番縁の薄いウィーエが、一番俺の身を案じてくれるのだろう。というか縁がある二人が薄情すぎる。シナンシスは未だに空っぽのようで、うんともすんとも言わない。
どうにか起き上がる気力が戻ったころには、草原はもう真っ暗だ。西の空にかすかに残る赤を頼りに荷物を漁って、焚火の準備を始める。
薪を積んで燃えやすくしていると、指を鳴らす音がして瞬時に火が巻き起こる。
「熱っついな!」
「君がその程度でどうにかなるはずがないだろう。一々細かいと嫌われるよ」
火の揺らめきに照らされるカストラスのしたり顔は、レグマで別れたときと変わらない。この世の秘密のすべてを知っていると言いたげな訳知り顔をしているなら、教えてもらおう。
「聞きたいことがある」
「いいよ、少し話そうか」




