086話 術師捜索その5
「……違う。俺は正体不明の魔術師たちに襲われた。そいつらを拘束して、これから尋問をする。だから君にも立ち会って欲しい」
「魔じゅッ……本当ですか!」
「しっ。声は静かに、聞こえるから。最初は君が主犯かと思ったんだが、そうじゃなさそうだからカストラス関係じゃないかと推測してる」
「あの方なら、そういうこともあり得るでしょう」
あの方ってカストラスか?
ウィーエは「少しだけ待って下さい」と告げた。動き回る音、衣擦れの……これ以上は聴覚強化も失礼だ。俺は階下に降りて待つことにした。
すぐに彼女が下りてくる。息が上がり、上着の襟が曲がっていないかしきりに気にしているがさっき見た格好だ。
「こっちだ」
“ミスマの誓い”館は“シナンシスの帽子掛け”荘と違い、正面玄関の鍵がかけられていた。ウィーエの手を引いて自室の下まで移動する。
「悪いが抱えて跳ぶぞ」
「えっ? ひゃっ───」
説明がまだるっこしいので宣言通り抱えてジャンプする。成人女性一人分の体重が増えたとて、《信業遣い》ならベランダまで跳ぶことなど容易だ。
ウィーエは驚いたものの、大声で騒ぎ立てるようなことはしなかった。
「ただいま───うおっ!?」
「ユーヴィーをどこへやった不埒者ぉ!」
置いていったアルルイヤを鞘入りで、バスティが殴りかかってきた。半ば錯乱状態にあるのか、俺だと認識していない。俺は子供のチャンバラみたいに振り回される魔剣に冷や冷やしながら、どうにか捕まえると、
「ま、待てバスティ、俺だ」
「言い訳無よ───あれ」
やっと落ち着いて会話ができそうだ。そう思って掴んでいた魔剣の鞘を手放すと、
「どこほっつき歩いてたんだいユーヴィー!」
鼻っ柱を痛打されて、悶絶することとなった。
室内には俺と、ウィーエと、憤激のバスティと、縛り上げられて未だ意識を取り戻さない六人の襲撃犯でかなり手狭だ。シナンシスに関しては、実質的にいないものと見做してどいてもらっている。
「事情の説明を求める」
「つってもバスティ、ずっと寝てたのはお前だろ。起きてりゃそりゃ───」
「説明を! 求める!」
「分かったよ」
カストラス追跡者のウィーエと酒場で出会い、夜中に襲撃犯がやってきたので撃退し、尋問のためにウィーエを呼んで帰ってきたところだ、という流れ。いちいちバスティが横槍を入れてきて、すぐ済むはずの話が終わるころには捕虜の一人は意識を取り戻してた。
「事情の把握はできたろ。それじゃやろうか。尋問だ」
向き直った捕虜は刺々しい視線を向けてくる。その彼に向けて、
「騒いだりすると迷惑だから、静かにしてくれよな。俺も黙らせたくないからさ」
頷くのを確認してから噛ませていた縄をほどく。叫ぶかと思ったが、彼は冷静だった。よし。
「君は誰だ?」
「…………」
「質問に対してまで静かにしなくてくれていいのに」
アルルイヤを引っ張って引き寄せる。男の表情はぴくりとも動かない。───これは長引くかもな。
「何目的で来た?」
「吐くと思うのか、愚か者め」
「……あの、済みません。いいですか?」
おずおずと発話したのはウィーエだった。俺は捕虜から目を離さずに「どうぞ」と言う。
「この人たちは、ユヴォーシュさんを襲撃したんですよね?」
「ああ」
「彼らの情報を得られればいいのですか」
「おい……。何をする気だ、まさか!」
捕虜の男が慌て始めた。その口を塞ぎながら、俺はこれは好機だぞと思っている。剣を持ち出されてもこの捕虜は『何も喋るものか』というポーズを崩さなかった。それが、ウィーエが動いたことで崩れた。つまりウィーエには、黙りをどうにかできると捕虜は考えているということ。
「どうにかできるのか?」
「はい。私がこの人の表層思考を読み取って代弁します。《奇蹟》を使って」
「読心の《奇蹟》? 信庁がそんなもの認可してるのか?」
「……未認可の《奇蹟》を使って」
言い直しても誤魔化されないからな。それってつまり魔術じゃないか。
やれやれ、祈祷神官の名家が聞いてあきれる。やっぱりカストラスの家だぜ。




