083話 術師捜索その2
「……カストラスって言った?」
「言いました」
よし、状況を整理しよう。
俺はカストラスを探しに来た。そして隣の黒髪の女性も、どうやらカストラスを探しているらしい。どちらも聞き込み調査に来て、偶然にも同時に同じ質問をした。
何故?
「……俺はユヴォーシュという旅人だ。名前を聞いても?」
「───ウィーエ。そうお呼びください。貴方はどうしてカストラスを───」
その時、カウンターからすぐの卓がどっと沸いた。酔客が馬鹿な冗談と猥談で盛り上がっているらしい。時間帯からして仕方のないことだが、ウィーエはそれを見て上品に眉をひそめる───もしかすると、本来はこんな街の酒場に出向くような家柄ではないのかもしれない、と思い浮かんだ。
「失礼、場所を変えましょう。落ち着いて話せる場所がいい」
まさか妙齢の女性を宿に呼ぶのもどうかと思って、
「構わないが、どこがいいだろう。俺はこの街に来たばかりだから思い当たらない」
「……実は私もです。ですが、思い当たる場所があります」
ウィーエのその言葉で、俺たちは場を移すことにする。
俺とウィーエは、カストラスを探しているという一点で意気投合したと言っていい。偶然にも同時に酒場の主人に同じ内容の質問を発したことで、そこで結びついてしまってそれ以外がなおざりになったのは如何ともしがたい。
俺たちは、気づかなかった。
後ろの席の強面男が、俺たちの言葉に反応して、
「……今の連中、カストラスって言ってたか?」
酒場の主人にそう聞いていたのを。
◇◇◇
ウィーエが提示したのは、聖堂前の広場だった。
屋外だがモルドリィの気候は夜でも温暖なため過ごしやすい。聖堂の利用者はこの時間でも多いから紛れ込めるし、街灯が整備されていて治安も保たれている。
ここなら話していても怪しまれまい。
「それで、ユヴォーシュ様。カストラスをお探しの理由は……?」
「そう、だな」
この人がカストラスとどういう関係か不明な以上、学術都市レグマの禁書庫荒らしについて事細かに説明するのはマズいだろう。どこまで話したものかな……。
「……彼に預けたものを返して欲しいんだ。当時は価値を知らなかったけど、色々あって……どうにか返してもらわないといけなくなった」
「なるほど……」
かなりボカして、後ろ暗いことをしたという事実を誤魔化しての説明。けれどウィーエはそれでも納得したようだ。よっぽどあのカストラスに前科があるのだろう。
「貴方はどうなんだ、ウィーエ。カストラスを探す理由について聞いてもいいか」
「私は家の問題です。……そもそも、カストラスとは家の名前。ここより更に西、極西の祈祷神官の姓、なのですが……」
「ああ……」
祈祷神官の家系の生まれの魔術師。それだけで察せるものはある。信庁の宗教的・政治的制約のもと、言われるまま《奇蹟》を行使するだけの祈祷神官が、探求心を抑えきれずに魔術師に堕する事例はある。彼もそれで、そんな彼がしかしカストラスの姓を名乗っている───というのは、家の問題とかそういう話か。
どうしよう。もしかして、この女はカストラスを始末しに来た刺客とかではなかろうか。そうだとしたら流石に止める……べきだろう。
「彼はちょっと度し難い性格だったけど、それでも一応は恩人なんだ。だからその、見つけてもお手柔らかにしてもらえると……嬉しいかな」
「え?」
素できょとんとされてしまった。演技だとしたら大したものだし、そうでないなら……俺が何だかいきなり変なことを言っただけじゃないか、これ?
「何でもない。気にしないでくれ。……ところで、それならカストラスって呼ぶのはカストラス家に悪いんじゃ……。彼、フルネームは何て言うんだ?」
「いえ、おかまいなく。彼は決まりでカストラスと呼ぶ掟でして。…………」
どんな掟だ。というか、今付け加えるみたいにぼそぼそと呟いたの、悪いけど俺には聞こえてるぞ、《信業遣い》だから。
いま、『というか知らないし……』って言ったよな。そんな話あるか?
本当に、どんな家なんだ、カストラス家。




