070話 龍戮戦線その6
《真龍》が体勢を立て直した。
二人の《信業遣い》が眼下に広がる街を守ろうとしているのは察せられる。ならばここは全力で街を攻撃することが、二人の妨害としては最善か、と《真龍》は判断した。
高高度から雲を突き抜け、《点滅》しながらの火炎放射。急降下する《真龍》より尚速く、かつ直線でありながらブレる火線がディゴールの半分をなめ尽くす───軌道を《光背》が受け止める。
以前にも街一つを覆い尽くしただけはある。真っ向から激突し、火勢を減じ、しかし完全な無効化には至らない。衝撃はディゴール西区の建造物を薙ぎ払い、火の粉とどさくさ紛れの龍鱗が街に降り注ぐのは、《光背》を打ち消されたユヴォーシュにはどうしようもない。
ただし、火の粉についてはどうにかできる者が存在する。
「こっちッで一々熾さなくていいってのァ楽だな!」
蓮っ葉な口調で咆哮して、ニーオリジェラが火を集結させる。渦は無数に巻き始めて、火災旋風の原理で真紅の槍を構築するのは彼女の緻密な現象操作の賜物。直撃すれば龍鱗も、何ならユヴォーシュの《光背》とて貫通すると自負する火焔が空を貫いてゆく。
だが、《点滅》する《真龍》を捉えることはできない。
『愚かな』
転移した《真龍》は、さりとて巨躯。
空を見上げる者がいれば、どこであろうと一目で分かる。
分かれば、それを伝えられる神がいる───!
「ユーヴィー、東北東! 高度五千!」
今や《真龍》はディゴールすべての敵であり、害であり、見逃してはならない者である。よってどこへ逃げようとも誰かが見ている。視認した住民の“声”から、バスティが即座に方角と高度を算出して伝えれば、
あとはユヴォーシュが跳んで走って突っ込めばいい。
「喰ッッらえェェ───!!」
ニーオの制御で打ち上げられたユヴォーシュが、空中で《光背》を炸裂させる。彼は一個の光球となって、《点滅》などすることを許さない。《真龍》は光の中に勢いのまま実体のままに受け止められる。
その光が、突如暗転する。
───ユヴォーシュは少し前から、これを目論んでいた。
魔剣アルルイヤに自らの《光背》を呑ませる。防性の光を攻性の闇に転ずることで、逃げ場のない一撃とする剣士にあるまじき魔剣技───!
果たして《真龍》の体表は蝕まれていく。
逃げ場はない。視界もない。最速最短で突き抜けてしまわねば、酸の池に飛び込んだように表面からじわじわと削り殺される───そう判断した《真龍》は賢明だった。
致命傷になる前に脱出に成功した《真龍》は、左翼にチクリとした痛みを覚えた。
「着龍成功、だぜ」
そこに魔剣を突き立てて、ユヴォーシュが取りついたことを悟って《真龍》の鱗が逆立った。
『愚かな、何と愚かな───!』
「それしか語彙がないとは終わってるな!」
羽ばたきにも加速にも耐えて、《信業遣い》は一歩一歩というべきか、ともかく着々と《真龍》の胴体へと向かっていく。剣ともう一方の手で、鱗に捕まっては這いずるというひどく強引な手段で、だ。
《真龍》は絶叫した。恐怖の感情を惹起させる効果がある。
ユヴォーシュは止まらない。
狂ったように身を捩り、空中姿勢も何もかもかなぐり捨てて《《虫けら》》を吹き飛ばそうとする。さしものユヴォーシュもそれ以上は進めず、必死になって魔剣を握りしめ耐える。背と腹とを幾度も翼面に打ちつけて息ができない。
しぶとい───と考えた時点で、《真龍》は術中にはまっていることに気づいていない。
敵はへばりついている一匹だけでなく。
下からぶっ放してくる、もう一匹いることを失念している。
右翼に穴が開いた。
「ユーヴィーに中ったらどうするんだいっ!」
「中りゃしねぇし中ったらそれまで!」
いっそ清々しい思考停止のもと、《火起葬》の砲撃が加えられた。完全に自分だけに戦力を集中していると気づいて、《真龍》がこんな状況下でも《念話》でせせら笑う。
『街はどうでもいいというか、傲慢な! 我が眷属、《龍人》が住民どもを殺し尽くしてから後悔するが望みかよ!』




