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066話 龍戮戦線その2

「お、おお、うおおお! スゲェな、あれが《真龍》か! 笑っちまうくらいデカいじゃんか!」


「笑っているだろう。お前は」


 ニーオリジェラは自ら取った宿の屋根の上ではしゃいでいる。その傍ら、影法師の如きシナンシスは非常事態にも変わらずだ。


「じゃあ何か? アイツは《冥窟》から湧いてきたってのか。《冥窟》生まれ《冥窟》育ちってか!」


「そうじゃない。もともと《冥窟》が《真龍》の……例えるなら義体(・・)なんだ」


「どういうことだ?」


 問われ、素直にシナンシスは答え始める。それはとても、都市から僅かの距離に災厄たる《真龍》がいる状況でする話ではないが、彼女と彼は気にせず自らの道をいく連中だ。


「《真龍》はその完結性、完全性ゆえに《経》を通れない。《人界》から《龍界》へ通じる《経》は、実質人族専用なんだ。それは《真龍》からしたらたまったものではない。彼らは完結しているから何かを新しく生み出すことはないし、奪い続けて成長し続けるからやがて《龍界》は何もなくなる。育ち続けるということはヒエラルキーは永遠に変わらないということで、より老いて力を蓄えた《真龍》に対して下克上は成立しない。だから、より多くの可能性を求めて他の世界を目指すとき、《真龍》は《冥窟》を作るのさ」


「義体……つまり、アレで仮なのか。オリジナルは《龍界》にあると?」


「そう。小神《私たち》の神体が《大いなる輪》にあるように、《真龍》も《龍界》から遠隔で操作している。……自己認識と乖離した義体は深刻な異常を起こしがちだし、さりとて《真龍》はその巨体ゆえに《経》を越えられないほどの存在だ」


 そこで、《冥窟》だ。そう語る声は淡々としている。


 まるで一切の感情をどこかに置き去りにしてきたかのように。


「《冥窟》は、ある程度の拡張性を持った魔術的特異領域だ。核を破壊されれば終わってしまうという代償リスクを負うことと引き換えに因果を強めたそれは、内部で流れた血と喪われた命───カルマを貪ってエネルギーへと変換していく」


 はるか南方の大陸には、虫を喰らう草花というものが存在する。甘い蜜で獲物をおびき寄せ、捕虫器に落ちた愚かな虫けらを溶かして栄養にする。栄養とは身体を作るための要素で、自然発生の《冥窟》とはつまり、《真龍》が《人界》で活動する義体を育むための揺籃か。


「おい、待てよシナンシス。ずいぶんペラペラとオハナシしてくれたけどよ」


「為になったか」


「お前それ全部最初っから知ってたのか?」


「ああ」


「何で黙ってた?」


「聞かれなかったからな。───待て、これ以外の義体はないんだとお前も知っているだろうニーオ。止めろ。それ以上は曲がらない。壊れるぞ」


「ブチ殺してェー! ……お前が知ってたってことは、信庁も知ってんだよな?」


「そのはずだ」


 肺の中の空気を全部吐き出すようなでっかい溜息が、彼女の心情を如実に表している。


「いつから?」


最初(・・)から」


 彼女の癖の一つに、考え事の際にぶつぶつと何事か呟き続けるというものがある。こうなると外部入力は受け付けないとシナンシスは知っているので、好きにさせてぼんやりと《真龍》を眺めていた。


「《冥窟》と共存する街を放置して泳がせて、そこにロジェスを派遣した───あいつを龍戮勇者(ドラゴンスレイヤー)に仕立て上げるつもりか、ディレヒトめ」


「どうする?」


「アタシは別に勇者なんてどうでもいいが、あいつにくれてやるのも座りが悪い。それに……多分、ロジェスは動かない」


「なぜ?」


「ディレヒトの考えをトレースすれば分かる。信庁にとって、自分たちの権力が届きにくいディゴールは邪魔なんだ。鬱陶しい商会の根、征討軍に匹敵するかもしれない冒険者集団といい、手を汚さずに排除できるならそれに越したことはない。それに、《真龍》にも箔は必要だろう?」


「ああ───目障りなディゴールを《真龍》に潰させ、それを自分のところのロジェスに排除させる。一石二鳥か」


「そういうこと。あの腹黒のやりそうなこった」


 だから、先に墜としちまおう。あっさりとそう告げたニーオリジェラ・シト・ウティナの周囲。


 大気が、うねり始めていた。

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