065話 龍戮戦線その1
俺とバスティ、そしてハバス・ラズは、ものすごい衝撃で《冥窟》から弾き飛ばされた。
あの瞬間、反射的に彼の炎熱の魔剣を掴んで《光背》を最大出力にしたのが功を奏した。三人を身内と判定した《光背》が、《冥窟》が及ぼす力からダメージを防ぎ切ったのだ。代償に俺の左手は骨まで焼け焦げたようだが後回しだ。
「ぐえっ」
バスティが緊張感のない悲鳴を上げるとともに、俺たちは草地を何回転もして止まった。草地、そう、屋外だ。俺が同行冒険者たちを吹き飛ばしたのと同じだろうか───などと考えている余裕もない。
「ッ、ぐ……!」
《顕雷》を左手にまとわせる。炭化した筋肉と吹き飛んだ皮膚を復元する。数秒もしないうちに形は元通りになったが、機能まで完璧かは確かめてみないと分からない。ぶっつけ本番だ。
立ち上がって空を見上げる。───距離感が狂った。
そこに頭がある。全身は、木々の影になっていて推し量れない。
真龍、あるいは《龍界》の覇者。
鱗の一枚一枚が、重装歩兵用の大盾はあるだろう。
伸ばした首がちょうど、幅も高さも信庁本殿の正面にある百二十段の階段くらい。その先についている頭は一瞬ちっぽけに見えたが、おそらく、カリエの孤児院やら《冥窟》前の会館やらを一呑みにできる馬鹿口だ。
そして龍が蜥蜴の類と一線を画する証の一つ、威風堂々たる角が一対。後ろに生えたところから巻き返って、突きやすいようになっている。あんなもので突かれれば、防ぐのに必要となるのはもはや防具や盾ではない。城壁だ。
龍が口を細く開く。
『───《人界》の《信業遣い》か』
それは空気の振動によらず、精神に共鳴させて意思を伝達する手段───魔術師が言うところの《念話》だ。言語的な壁をものともしないそれを、《人界》に侵攻した龍族が意思疎通のため操るのは道理ではあるが、圧倒される。
龍は決して愚かな空飛ぶ蜥蜴ではない。
奴らは───
『まだもう少しは蓄えているつもりだったのだがな。余計なことをしてくれた』
口は、発話のために開いたのではない。
では、何故か。簡単だ。
放つのは音ではなく、別のものというだけの話だ。
『死ね』
魔剣も斯くやとばかりの業火が、俺たちを一息に覆い尽くす。
◇◇◇
火の線が、いったいどこまで伸びたのか把握できるものは少なかった。爆音が龍の息吹であると認識できたものさえ、果たしてどれほどいたものか。
ロジェス・ナルミエは、その全容を把握している数少ない一人だ。
彼は《顕雷》が溢れ出した時点で目標が動いたと確信し、都市政庁に用意された自室から文字通り飛び出して、今は政庁の屋上から観測している。《真龍》は《冥窟》が存在した位置から南西に向けて火焔を吹いた。
あれが射程とすれば、あそこからでもディゴールまで届く。
だがきっとそうはしまい、と彼は分析している。龍は強欲なもの、無制限に自らを肥やし蓄えるため、ディゴールをただ火の海に沈めて滅ぼすことはしまい。破壊と簒奪を尽くし、生きとし生ける者を律儀に自ら殺すという業を積むべく飛来する。
翼長と全長、飛翔能力は、その際に確認すればいい。
これも仕事だ、仕方ない。彼はいまひとつ燃えない自分を俯瞰しながら、無理もないと自嘲する。何故なら《真龍》は───
「どうせ貴様だろう、ユヴォーシュ。起こしたのならば自分で責任を取ってみせろ」
空にも近しい色の翼が、力強く開いた。




