060話 盟神探剣その13
ジニアの示した横穴は、俺の背たけでは時折天井に頭を擦りそうになるものだった。人族と比較すると小柄な《地妖》のジーブルや、その血が入った半人半妖のジニア、小柄なバスティには丁度良さそうだから、まあ、文句は言うまい。
錆びついた鍵穴に鍵を突っ込んで開くと、内部は更に埃まみれだった。ジニアも扉まではたまに様子を見に来ていたが、ここから先は前の剣士以来踏み入っていないという。
《地妖》の工房というものに入るのはこれが初めてだから比較はできないが、俺が知っている鍛冶場とそう違うようには見えなかった。強いて言うなら、やはり比較的小さく低いくらいか。結局、地に親しむ彼らとて必要な道具や設備は変わらないものなのだろう。
「……あれ、よ」
カンテラに照らされる薄闇の中、ジニアが指さした先には机があり、その上に件の代物だけが置いてあった。
「これが」
───魔剣アルルイヤ。
《地妖》の鍛冶師ジーブル・メーコピィの遺品。発狂の魔剣。抜かれざるもの。
バスタードソード。拵は地黒に天色。《信業》で霊感まで強化すればビンビンに感じる、これは確かに《遺物》……それもかなりの高位に位置するもの。《地妖》の名工がその命を捧げて打ったという曰く付き、これほどのものか。
逸話を聞いていなければ、俺は伝説に直面して心躍らせていただろう。だが今は、これを抜かなければ一人の人生がどこにも繋がることなく縛られたまま終わる、その事実に対する怒りがある。
「ジニア。言ってたよな、持っていけるなら持って行って欲しい、と。───そうするぜ」
「でも、ユヴォーシュも抜けばきっと……!」
「じゃあ試してみよう」
後は分かるよね、と示すバスティに、俺は頷くと手を伸ばす。グリップは使い込まれていないから手に馴染まないが、それもまた今後の楽しみだ。
今は、これを。
「俺が───正しいなら───剣は俺のものとなる」
さもなくば、俺は魔剣の毒にやられて狂するであろう。とはいえ、俺はつゆほども心配などしていない。この剣は俺が抜く。ジニアを拘える楔を抜く。そこから先彼女がどうするか、自分で選べるようにするために。
俺の行く末を剣に裁かせるのではない。
俺は俺の意志で剣を屈服させる。
魔剣アルルイヤをゆっくりと引き抜く。
鞘の中に封じられていた怨念が溢れる。柄を引けども引けども刀身の輝きが見えない。いいや違う。刀身は輝かないのだ。
黒一色の、闇より濃い無明。金属で組成されているのかすら疑わしい、《人界》すべての夜をひとところに集めて凝縮し、バスタードソードの形に圧しとどめればこうなるかもしれない。
鋒まで抜き放つ。怖気の走る黒剣は、確かに俺の手の中にある。
「───しまったな」
がちがちに緊張していたジニアが跳ねる。ニヤリと笑ってみせて、
「どう発狂するか聞いてないから、ふざけて演じることもできない」
「もう!」
俺もジニアもバスティも、ほっとした勢いのまま声を上げて笑い始める。笑いつかれて、ジニアが小腹が痛いと言い出すまで笑い終わったあと、
「とまれ、これでコイツは俺のものだ。構わないな?」
「うん、貴方にしか扱えないと思うから。持っていって。父様の打った最後の剣、大事に使って」
「この上なく。それでジニア、幾ら払えばいい」
「えっ?」
「いや、剣の値段。───鍛冶屋だろう、ここは」
「あっ」
カンテラだけの薄明かりでも、それどころじゃなかった、というのがありありと分かる表情だった。魔剣が心的拘束になっていて、値段をつけるなど考えもしなかったらしい。とはいえ、俺もコレをタダで貰っていくわけにはいかない。固辞する彼女をどうにか(バスティが)説得して、魔獣討伐の報酬から出した代金を受け取らせるのが、最後に残った一番の大仕事だった。
まあ、結構な額を渡したから、どうあれ生きたいように生きられるだろう。あとは自由にすればいい。
斬るための剣に縛られるなんて、笑い話にもならないから。




