059話 盟神探剣その12
───父様と母様は、愛し合っていたわ。
父様は《地妖》で、母様は人族。結婚するときにこの庵を作って、二人でそこで暮らし始めたの。もともと父様は山の工房があればよかったけれど、母様はそうもいかないから。
それで、私はここで産まれて、ここで育って。街にはほとんど行ったことないわ。その必要なかったし。アファラグの山で自給自足して生きてきたのよ、私。
母様にも父様にも色々なことを教わりながら、私は大きくなったの、
母様が死ぬまでは。
母様はある日、足を踏み外して死んでしまったわ。私は悲しかったけれど、父様はもっと悲しかったのね。
すっかり気力を失ってしまって、鍛冶師としてもやっていけなくなってしまって。
何日も何日も工房の床に座り込んで、一言も喋らなかったわ。
でも、ある日。
その日が雨だったのを覚えてる。
父様は新しい剣を打ち始めたの。私が「父様元気出たんだね」って言うと、父様は「ジニア、迷惑かけたな」って。
もともと仕事の依頼はほとんど受けていなかったけれど、受けてた依頼もすべて無視して、一本の剣にとり憑かれたみたいに、昼夜もなく打って打って打って。
打ち終わって、父様は死んだわ。
残されたのは、父様の遺作。
魔剣アルルイヤ。
◇◇◇
「───つまり、それが」
彼女の身の上話を聞いて、俺はやっとのことで喉を動かした。震えては、いなかったと思う。
「違うわ。遺品でも、剣は剣だもの。使われてこそ、斬ってこその剣であるのだから、誰かに託すのは間違いじゃない。───そう思って、いたの」
魔剣を求めて訪ねてきたのは俺より以前にもいたという。
その剣士も身の上話を聞いて同情し、しかし魔剣を欲して抑えが効かなかった。大丈夫だろうと判断し、刀身を拝むべくグリップを握った彼はしかし、言葉にならない咆哮を上げると走って逃げた。
とても正気ではなかったという。何があったのか聞き出すことも考えられず、父様の怨念が篭っているのだろう、と娘は考えた。
亡念を注がれた魔剣アルルイヤは彼女の手に負えるものではなかった。しかしそれでも、その剣は父の遺作には違いない。適切な担い手に託したいと考えるのは当然だろう。
洞窟《工房》に放置することも考えたが、事情を知らぬ者がまた握って狂するとくればそれも不可能だ。
今や、彼女は魔剣に縛られていた。どこにも行けず、助けも呼べず、持て余した剣の奴隷だ。
それでいいわけがないだろう。
「魔剣を持っていけるなら、持っていって欲しい。でもまたあの人みたいなことになったら、私はそれが恐ろしい。……もう、どうしていいか分からない……」
「魔剣、工房にあるのか?」
だから工房までの道のりに埃が積もり、鉄扉は錆びだらけになって手入れがされていなかったのか。父が死に、彼が遺した魔剣がそこにあるから、ジニアは近付きたくなかったのだろう。トラップに致死的なものがなかったのも、近付けないようにして魔剣の被害者を出さない配慮。
「うん、一番奥に……」
「案内してくれ」
俺が腰を上げると、バスティが楽しげに追従してくる。ジニアは慌てて立ち上がろうとして椅子に蹴躓く。
「ちょ、ちょっと、まさか、あなた」
「決まってるだろ。引っこ抜くんだよ───魔剣を」




