054話 盟神探剣その7
「……にしても《信業遣い》ねぇ、お前が。この街に信庁に属してない《信業遣い》がいるって聞いた時は眉唾だと思ってたが、マジにいてしかもそれがお前とは思わなかったぜ。アレヤはこのこと知ってるのか?」
ニーオとアレヤ・フィーパシェック部隊長は顔なじみだ。俺が征討軍に入ったとき、既にニーオは《信業》に目覚めて神聖騎士入りしていた。入隊祝いに顔を出した彼女と、俺の上司になるアレヤ部隊長はそこで出会っている。
「俺が《信業遣い》になったことは。あの人、元気にしてたか? 征討軍が大きな戦いに駆り出されたってニュースは見てないけど」
「アタシも詳しくねーよ。言ったろ、アタシは自由に動き回ってっから聖都にもあんまいないんだ」
「そうだったな……」
こうして会うのが久しぶりなのはそこに起因する。聖都の征討軍だった俺と神聖騎士のニーオが会う機会を持てなかったのは、彼女があちこちの都市を転々としていたからだ。
「そんな属し方があるんだな」
「フツーは無理だぜ。アタシだから、筆頭殿とかも差し出口できないってだけだ。参考にしようとか思うなよ」
「思わないよ。俺にお前の真似は無理だ」
「何だその言い草、お前を捕まえたのがアタシで良かったと思えよな。これが《割断》だったらお前、真っ二つだぞ」
───ロジェス・ナルミエ。
彼女にとっては神聖騎士の同僚、この街にいると知っていれば話題にも出すだろう。だが不意打ちで負けを刻まれた相手の名前を出されて、俺の身体が反応してしまう。ぐっと力が入った肩を見て、ニーオは何を勘違いしたのか、
「見つかんないようにしとけよ。あいつが本気になったらアタシだって庇いきれねー」
軽く言う彼女に、それでも俺は言い返す言葉を止めることができない。あの時の悔しさが、俺に黙ることを選ばせない。負けたのならば負けたと、負け犬なりに自己申告しなければ誇りは粉々になるのだ。
「もう戦ったさ。負けて、俺の愛剣は真っ二つだ」
「──────は?」
恥を吐き出した俺を待っていたのは、全く予想外の表情だった。例えるなら、会話相手が脈絡なく「自分は半人半魔だ」と告白してきたような、あるいはもっと単純に死体と会話していると気づいたような、そんな信じられないものを見る目。向けられるととてつもなく居心地が悪いのだと、俺は思い知った。
「何つった、ロジェスと戦って、負けた?」
「あ、ああ」
「それが何でアタシと話してる? どうして───生きている?」
「生きてちゃマズいってのか」
「そうじゃない、ええと、ああクソっ、いいか、あいつはシャレにならねえんだよ……! いいか、あいつは───ああいや、これは部外秘で、なんて言やいいか……!」
ニーオはついにバリバリと頭を掻きむしり出した。こうも混乱している彼女は見たことがなく、俺は声をかけられずにいる。とはいえ疑っているわけではないようで、少しずつ落ち着くと共に、ぶつぶつと聞き取れない声量で何かを呟くようになる。彼女の脳内で猛烈な思考が回転しているようで、視線がめまぐるしくあちこちを行き来していた。
夜風が共同墓地の植え込みを撫でて、ざざざ、と音がするのみだ。
「ニーオ?」
「───うん、よし。お前、勝ちたくはないか? ロジェスに」
再び俺に向けられた彼女の焔色の瞳は、ギラギラと燃えているようだった。
「アタシなら勝てるようにしてやる。お前、負けっぱなしは癪だろう?」
「だからってお前、何する気だ。お前が何か企むと、碌なことにならない」
「断る気か? ロジェスは真正の猛者だ、真っ向勝負じゃ相手にならない。それでもいいってのか」
「だから、真っ向勝負以外の何をする気だって聞いてんだよ!」
「頷くまで言うと思ってんのかこっちも綱渡りなんだぞ!」
「なら力づくだッ───!」
「させるかよ───!」
ニーオの火焔と、俺の《光背》が夜の墓地に激突する。




