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516話 不自由論その6

 ───彼方、鐘声が響いている。


 幾度となく鳴り響く音からは焦りと困惑が伝わってきて、ああうるさい、気持ちよく寝ているのだから起こさないで欲しい、という感情がまず湧き上がる。


 そうだ。私はいま、横になってうつらうつらしている。柔らかな朝の日差しすらも今の目には毒で、ちょっと開いて眩しいからすぐにそれまでの倍の強さで閉じてしまう。まだ寝足りないと全身が主張している。別に構わないだろう、慌てて起きなければならないような用事も特に思い浮かばないし───


 ───跳び起きた。


 全身が激しく痛む。それで、自分が意識を失う直前まで何をしていたのか、すべてが克明にフラッシュバックした。こじ開けた目で見て確認すれば右腕の義肢は付け根の部分を残して取り外されている。


 あのとき、《大いなる輪》の光の中に飛び込んだ時にはボロボロながらも肘くらいまでは残っていたはずだ。身体もズタボロだったし、服だってあちこち破けて見るに堪えない有様だったのは間違いない───そんな私を綺麗に身繕いして、ベッドまで運んで、寝かせておくような人物に心当たりは一人しかいない。


 そしてその()がどこにもいない。


 そもそもここは何処だ。見覚えのない一室、物がほとんど置いてないからそこから推察することは難しい。全体的に清潔だから廃屋という感じもせず、さりとて呑気に寝こけていていいものか分からないからこそ不安感を掻き立てる。


 部屋を飛び出す。風の速度で階段を駆け下り、一階の部屋をくまなく見て回る───誰もいない。流し見た感じだとどこか民家のようだが、どの部屋にもやっぱり見覚えはなかった。場所の特定はこの際後にしよう、今は、今は───


 表に出る。


 まだ日も低い青空が広がっていて、まずひと困惑。次いでその空がどうやら《人界》の中心地、聖都イムマリヤのものらしいと気づいてもう一困惑。


 空には、機神の骸の影も形もない。


 そこに広がっているのは、あちらこちらでやけに鐘がうるさいだけの、あんなことがあったとは到底思えないような聖都の景色だった。


 ここが聖都なのはいい。それは薄々勘付いていたことだ。もともと戦っていた舞台がイムマリヤだったのだから、これで全然別の都市───例を挙げようにもディゴールくらいしか思い浮かばないが───の方が驚きだ。問題はそこで一人穏やかに寝入っていたこと、それとこの家屋だ。誰の家かもわからない家で寝ていたという恐怖と心細さ、計り知れるものではないと思い知った。


 どうしてこんなことになっているのか、一体彼はどこにいるのか、安心できる答えが欲しくて周囲を見渡す。それなりに広い庭にも誰もいない。どこへ行ってしまったのか───そう考える、焦る私の心に一つ、想起される彼との縁。


 それは、まだ出会ってそう間を置かない頃のこと。《人界》にやってきた私と彼と、それと彼の同行者のバスティとで暮らすために購入したディゴールの家についてだ。あの時、彼はこの家を一目見て即決したのが妙に印象的だったのを思い出した。引っかかるばかりで特に糺すこともなかったが、なるほど……。


 あの家とこの家は似ているんだ。だから彼は、ディゴールであの家を選んだのかと今更ながら理解する。


 ほんのついさっきまで焦燥感にぐちゃぐちゃだった私の心が、不思議とそう納得しただけで凪いでいた。なんだ、そういうことか、と。ここがかつての彼の過ごした家ならば、何も心配することはないと安らげる。


 私はゆっくりと家の中を見て回る。どこかにあるはずだ───上階というか、屋根の上に出る階段か何かが。きっと彼は一番高い所で、人の気も知らずに空でも眺めているに決まっている。


「まったく、馬鹿なひとなんですから」

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