512話 不自由論その2
「初めまして、ユヴォーシュ・ウクルメンシル。最初から私のものでなかった、唯一の子」
「はッ。造ったら自分のものだってか、傲慢な神サマらしい物言いだ」
いかんいかん、つい煽り気味に口をきいてしまう。彼女は俺を排斥し俺を孤独感で苛んだこの《九界》の創造主だから反発してしまうのは自覚しているが、それにしたってほぼ第一声で言い放つ内容にしちゃ刺々しすぎる。落ち着け、冷静になれ。
一番上に君臨する神サマが、何の用もなしに俺をこんな場所に呼びつけるはずがない。目的が融和だろうと排除だろうと、まず対話を求めてきたのなら聞くべきだろう。
「……何で俺を呼んだ」
「何故、とは」
「今更ただ顔を見にこんな場を設けるもんかよ。《九界》が崩壊するかどうかの瀬戸際にだって何もしなかったような神サマがさ」
「忙しかったから。貴方たちの神が、貴方たちだけの神であるとは限らないでしょう?」
「他所でも似たようなことしてんのか、あんたは」
「似たようなことが何かは知らないけれど、そうね。私は望みを叶えるだけ」
「……っ、いい、何も言わない。他所のことでまで怒ってる余裕はないしな。本題に戻ろう、何が目的だ」
「こうして話しているだけでも楽しいのだけれど、そうね。長話をしていると嫌われてしまいそうだし」
いけしゃあしゃあと。俺がどんな顔を向けているか重々承知の上で、グジアラ=ミスルクはにこりと微笑んで見せる。その容姿はこの世のものとは思えないほどに整っていて、まばゆく光り輝いているように錯覚する───ええい、それ以上考えるな。ヒウィラに申し訳が立たないだろうが。
こいつくらいの高位存在ならば、俺の内心くらい手に取るように把握しているはずだ。だというのにそれをおくびにも出さず、ただの少女であるかのように振舞って彼女は言葉を継ぐ。
「ねえ、あなた。あなた、私のものにならないかしら?」
「なると思って言ってんのか? それ」
「いいえ。でも、ならなければ貴方を私のお庭から退かさなければならないの。それはお分かりでしょう?」
彼女の言わんとしていることは俺も考えなかったわけじゃない。
「───《真なる異端》か」
「御明察。このまま貴方を《人界》に入れてしまえば、スプリール・テメリアンスクの二の舞は避けられないわ。そうならないように貴方をこの《九界》から取り出す必要がある。差し当たっては、行き場のない貴方のために───」
「待った。勝手に話を進めるなよ、神サマ」
気分よく喋っていたのを遮られて、グジアラ=ミスルクは眉を顰める。
「……なぁに? 他に選択肢はないと思うけれど。私の大神と戦う道を選ぶのかしら。そんなに愚かだとは思わなかったわ」
「違う違う、そうじゃない」
「なら何かしら。ああ、貴方以外のことを心配しているなら、大丈夫。ちゃんと新世界へ送り届けるから」
「だから話聞けって。否定されないと思い込んだまま喋るなよ、腹立つぞ。俺が言いたいのはな───どうして俺だけが譲歩する前提なんだ、ってことだよ」
ぽかんとした顔をしているグジアラ=ミスルクの瞳を真っすぐ射抜くように、
「俺は帰るぜ、新しかろうが何だろうがあの《人界》こそが俺の帰る場所だ。そこは譲れないんだよ、悪いけど!」
「……それはつまり、大神と再び殺し合いをするということ? 呆れた。勝っても負けても貴方の帰る場所は喪われると、理解しておきながら言っているの?」
「そうはならねえよ」
「なるわ。何を根拠に断言するの?」
神サマと交渉しようってんだから、俺はなるべく不敵に見えるように笑ってみせる。これはついさっき思いついたことなんだけどな、聞いて驚け、
「俺があんたを喪えば負けるように、あんたも俺を喪えば負けるからさ」




