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508話 救世光背その8

 二人が抵抗を続ける理由、大神がこうまで激しく旧世界を呑み干さんとしているのはそれが大神にとって───つまり新世界にとって必要な摂食活動だからだ。


 新しき世界カラダに生まれ変わった神は餓えている。


 脱皮した皮まで有効利用するように、旧世界に含まれる住民たちの魂を補給するのが目的なのだ。何故なら生まれ落ちた神はその構成要素に魂を含んでおらず、そのままでは正しく機能しない。


 九つの世界を柱に見立てて、代を重ねることで階を積み上げていく究竟式。


 グジアラ=ミスルクが構築した《九界》という魔術。その役割を果たすために、何としてもここで退けないのは大神ヤヌルヴィス=ラーミラトリーとて同じ。ここで諦めれば《九界》のうち二つの世界が空っぽの役立たずとなり、これまで積み上げてきた全てが水泡に帰すのだから。


 もとより感情など抱かない機構なれど、断固としてそんな結末は認めない。


 故に喰う。喰わねば収まらぬ。


 ───喰えれば、別に、後のことは窮極どうでもよい。


「なら腹いっぱい満足すれば、それでいいんだよな」


 その通り。


 故に諦めろ、小さき者。任を果たすべく、世界には魂が必要だ。取り込む過程でその生命が破損しようと神には関係のないこと、体内世界でまた新しく生まれればそれでいいだろう。


「いい訳あるか、馬鹿野郎」


 不遜なり、愚かなり。


 貴様が認めるも認めないもない。力量差は歴然で、決着は必然。貴様らに採れる道───われを殺すか。貴様らが死ぬか。選ぶのは、われだ。


 ───貴様らが死ね。ユヴォーシュ・ウクルメンシル。


「いいや、悪いが第三の道をいかせてもらう」


 名を呼ばれた男───ユヴォーシュが今度こそ絶対に、にやりと笑う。


 繋いだままの手を掲げる。


「たっぷり喰らいやがれ、お望み通りの魂、出来立てだ───!」


 振り下ろした瞬間、《光背》の性質ががらり(・・・)と転じた。






 ───なんだ、これは?


 大神に感情は存在しない。グジアラ=ミスルクから仰せつかった使命を愚直に果たすべく稼働する魔術、その一部に過ぎないのだから当然だ。あくまでこれは分析であり、そこに如何なる意志も関与することはない。


 冷静に見極める。突如として彼と彼女の《信業》が防御的ではなくなった。神威の嵐がぶつかっていた壁のような感覚は喪失し、エサを得るべく触れるはしから貪り食っていく。事実、《人界》稼動に必要な魂の回収は進んでいる。そこだけ見れば文句のつけようもない勝利であるが、本題はそこにはなかった。


 何故、どうして、神威の嵐は《光背》に閉じ込められていたところから一向に先へと(・・・)進まない(・・・・)───?


 ユヴォーシュとヒウィラによる《光背》の殻というごく狭い範囲。そこで猛っていた嵐は、食い尽くすよりも早い魂の供給に押しやられてその範囲を広げられていない。確かに魂は補給できているのに、一瞬(・・)前まで(・・・)そこに(・・・)魂なんか(・・・・)なかった(・・・・)はず(・・)なのに(・・・)、どうして───


 一瞬前まで、なかった。


 それが今は津波のように押し寄せてくる。


 ……この魂は、誰の魂だ?


 気付いた瞬間、大神ヤヌルヴィス=ラーミラトリーの回路が軋みを上げた。

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