504話 救世光背その4
「いいですよ、それならそれで対策しますから」
不貞腐れながらヒウィラは《光背》の紛い物のような絶対防衛圏を展開する。《暁に吼えるもの》の眷属と化したレッサとカリエ、二人に奇襲された際に編み出したそれは“驚き”の感情をトリガーとして必要とするが、腕一本もがれたにせよ未だ彼女の中に全能感は残っている。これくらいは容易いことだった。
空間を飛び越えてもこの中に立ち入ることは許さない、そういう領域が大議場いっぱいに広がる。彼女はその中を悠々と、鳴動する《大いなる輪》へと近づいていく。
悠々と───だろうか。いいやそれはもう、ジタバタしてどうにかなるフェーズを踏み越えてしまっていたから今更だと諦めの境地に入っているだけだろう。
《人界》を新造する祭具、《大いなる輪》は完全に起動している。
今やこの世界に神はおらず、大神ヤヌルヴィス=ラーミラトリーはこの中に在る。
……《真なる異端》が発生しても大神が光臨して裁きに来ない理由は事ここに至れば明白だ。生まれ変わるのに忙しいとき、棄てた古い世界で問題が発生しても構う必要も余裕もない。《真なる異端》が世界を分つとて、それらすべてどうせ新しい《人界》のための素材とするのだから委細気にしないだけ。
大神とは、その世界そのもの。
《人界》を改めるなら、大神も改めることとなる。
《大いなる輪》は揺籃だ。古い世界から大神だけを抽出し、この中で新生させつつ祭具そのものは大神の存在を定義する補助輪と化す。そうやって誕生した大神の内部に新世界が構成されるが───その中はがらんどう。ならばどうするか。中に容れるだけのものを持って来ればよい。
神の補食に耐えられる生命など存在しようものか。この世界が滅びるというのは、そういうことだ。
ヒウィラは知る由もないことだったが、大神が居なくなった分、《人界》の霊的質量は減少していた。《経》を通じて《枯界》から砂が流入しているのも、もっと言えば常に凪のはずの《枯界》に嵐が吹き荒れていたのも、神の新生に端を発している。
《輪》の前で立ち尽くす。───どうしようもなかった。
祭具の発動を阻止することは出来ない。《人界》じゅうの荒れ狂った想念を吸い尽くし、それを燃料として駆動する《大いなる輪》を止めようとすれば精神が焼き切れるだろう。そこまでやって止めれば、今度は卵の殻の中で大神は新しい命を授かることなく腐り落ち、《人界》は神の不在で狂死する。
だからと言って手をこまねいて見ているだけならここまで来た意味を失う。これまでの世界と何ら変わることはなく、古き世界が新しき世界に貪り食われて終わりだ。
「……ダメ、なんでしょうか。もう」
問いかけに、答えは、
「待て待て、俺の挑戦くらいは見届けてから諦めてくれ。馳せ参じた甲斐がないだろ」
あった。




