503話 救世光背その3
ヒウィラの方でも、正直うんざりなのがありありと見てとれる。
おおかた制覇したと思った聖究騎士が新たに二名。もう勘弁してくれという気分でいたのが、しかし彼女も歴戦の《信業遣い》だ。立ち居振る舞いだけで感じ取るくらいのことはやってみせる。
「───退けば、私も手出しはしません」
メイアウィスとジュウェヌ、二人の聖究騎士は新米か。存在感だけは一丁前に魔王相当者だが、こうして向かい合っていても臨戦態勢がまず稚拙。とても対《信業遣い》の構えとは思えない、これではヒウィラの方からつつけばそれだけで穴が開いて飛んで行ってしまいそうな風船のようなハリボテだ。
それが察知できたから、ヒウィラは無用な流血を避けるべくそう告げた。
そしてそれがジュウェヌの逆鱗に触れることと、彼女は知らなかった。
「上からモノを言うなッ!」
新米でも聖究騎士、未だカタチ定かならざる《神血励起》は爆発力で言えば随一だ。
傍からはジュウェヌが歪んだように見えたはずだ。
実態は真逆。ジュウェヌ以外の全てが歪んでいる。この大議場に存在するジュウェヌよりも大きく、意識としての彼が存在していて、それが熱のままに世界を撓ませている。
言わば陽炎であって、それ自体はただの前兆でしかない。それが結実した瞬間が悪夢の始まりだと肌が言っているから、ヒウィラはならば容赦はしないと一瞬で心を切り替える。
───警告はした。来るのだから、殺す、と。
魔導の義手が膨張する。黒くのたくる蛇のように関節も何もない挙動で這い進むと、ジュウェヌの《信業》が発動するより先に大元たる彼を押さえてしまった。
文字通り掴み上げて、潰れない程度に圧迫したのだ。
「ぐぶ……ッ」
まだまだ甘い。
ここまでに立ち塞がった聖究騎士たちの中には一人とて、これだけで制圧されるような弱卒はいなかった。数的にも合わないからニーオとヴェネロンの穴埋めで、これからやることと、そして《人界》が存続した場合の今後を考えれば、ここで芽を摘んでおいた方が確実だろうが。
……疲れた。
難しく考えるのもとっくに面倒だ。手っ取り早く、あの馬鹿な人みたいに問題を先送りにしてしまおう。
そう決めて、彼女は掴んだままの腕に力を込めると───自分が突入した大議場の壁の穴から、外に向かってジュウェヌを思い切り投げ捨てた。
「──────」
「ジュウェヌッ、……ッこの!」
蒼の焔が逆巻いて大議場を埋め尽くす。瞬間的に炎熱の巷と化した。ヒウィラはそれを一瞥だけして、僅かに目を細めた。なるほど圧巻だが、この程度。ただ燃やすばかりで何の面白みもない。神すら殺してみせんと嘯いたニーオリジェラと比べれば、などと考えている自分に苦笑してしまう。
信庁の敵のくせして、これでは隠居したご意見番気取りじゃないか。しかも老害寄りの。
これからの未来を切り拓こうかって時に、懐古主義でいられるはずがない。内心自省しながら、ヒウィラは強気に一歩を踏み出す。
「仇討ちは不要ですよ。彼は無事……かは知りませんが、死んじゃ居ないでしょう」
「ほざけ、仲間を投げ飛ばされておいて退けるか───!」
「……それもそうか。なら、貴女も」
蒼の波が押し寄せる。近付く端から花びらに変換して無効化しながら、彼女は再び右腕を伸ばす───
───そこに、ジュウェヌが現れた。
「なッ」
驚愕の声はヒウィラとメイアウィス、どちらのものか。彼は口の端から血を流しながらも唐突にその場に現れ、それと同時に唐突に掻き消えた。
───メイアウィスと、伸びていたヒウィラの魔手の一部も巻き添えに。
「ッッ、……やられた」
彼の《信業》は空間に纏わるものだったらしい。去り際、彼から一定圏内の空間を切り取ってどこか別の所に移したから、そこに侵入していた義手も寸断されて持っていかれた。侮っていたと言わざるを得ない、習熟が浅くとも、《真なる異端》として格下に見ても、彼らは確かに聖究騎士。
一筋縄でいったことなど、一度たりともなかったのだから。




