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005話 棄神邂逅その1

 不安定《経》による《枯界》への流刑───《虚空の孔》刑に処せられた俺は、奇妙に落ちていった。


 自由落下とも違う、無の中に沈んでいくような───あるいは浮かび上がるような放逐。前後左右上下といった感覚を喪失して、“止まっていない”ということだけが直感できる移動だった。


 いつまで続くのか、永劫このままなのではないかと疑い始めたあたりで、俺は顔から砂に突っ込んだ。


 砂と埃を口いっぱいに詰め込まれて、頬のヒリヒリした痛みを抱いて立ち上がる。どうやら《経》による越界は成功したらしい。


 俺はどうやら、すり鉢状の盆地の中に出現したらしい。周囲をぐるっと見渡しても、反り返った山ばかりが見える。比較対象がないため遠近感が狂うが、日暮れまで歩いてもたどり着けるか、どうか。


 風はない。俺以外に動くものはないのか、空気はそよとも揺らぐことがないようだ。


 音もない。風も、生き物も、何もいないのか。俺の足音、ざふっざふっとリズミカルに砂を蹴る音だけが耳に届く。荒い息の音だけが骨を伝わる。


 吸い込む空気は渇いている。一滴の水分も含まれていない。


 枯れ果てている。


 肺が痛い、心臓が痛い。これが《枯界》、これが《虚空の孔》刑。これならば、エニアグラムの陣からはみ出しておいて、あの場で一息に死んでいた方がよっぽどマシに思えてくる。


 歩けども歩けども風景は変化しない。山々に近づかないだけじゃない、日が暮れる様子もないのだ。どういう理屈か、《枯界》は全体的にぼうっと照らされているらしく影ができない。狂った風景の狂った理由が分かって意識がそこに傾いてしまうと、頭がどうにかなりそうだった。


「───誰か! 誰かいないかッ」


 静寂に耐え切れなくてついに叫ぶ。そんなことをすれば体力が消耗するだけだと分かっていても止められない。止めてしまえば限界を迎えるのは精神の方だ。


 音を絶やしたくなくて内容は何でもいいから叫び続けて、時には足元の砂を蹴ってバサバサと音を立てながら歩いて、叫んで、歩いて、叫んで、歩いて、歩いて、歩いて、


 歩いて、歩いて、───どうして歩いているんだっけ? どこへ向かっているんだっけ?


 自分の行動を疑った瞬間、糸が切れた。


 膝から崩れ落ちた俺を、砂は優しく受け止めてくれた。汗の雫が地面に吸い込まれて消える。


 俺はどうやって死ぬのだろう。脱水と餓死、どちらが先になるか。賭けでもしようか、なんて思ったところですべて口に出していたのを思い出すが別に恥ずかしくもない。


 ここは《枯界》。俺以外の誰もいるものか。


 何もいない、神もいないなら、不信心な俺が死ぬのにこれ以上相応しい場所もないように思えてくる。


「アハハハハッ、くそっ、こんなところで死ぬのかよ! 冗談じゃねえ……」


「うんうん、全く同感だね」


 予期せぬ返事は、予期せぬ方向から返ってきた。


 ()だ。


 大の字にひっくり返った俺の背後、砂しかないはずの地中から、誰かが俺に声をかけてきた。つまりここに埋まっているのか?


 恥も外聞もかなぐり捨てて、犬みたいに砂を掻いて掘る。


 この短時間で、俺は完全にこの《枯界》という虚無に参ってしまっていた。さっきから好き放題叫んでいたのが聞かれていたから何だと言うのか。誰でもいい、何だって構わない、もう一度今のオトを聞きたいという一心で、


 掘り進めていた指が勢いよく硬い何かに当たって、嫌な痛みが走った。


 突き指をしたらしい。添木も包帯もないので、無事な右手で掘り当てた何かを掻き出す───これでつまらないものだったら承知しないぞ、と思う。表面がつるっとしているあたりで『頭蓋骨されこうべではないか』と嫌な予感がしていたが、重量から早期に違うと分かっていたが掘り当てたものを見て俺は困惑した。


 お宝は、金属結晶のようだった。


 銀とも金ともつかぬ色合いに輝く卵型の塊。加工精度から妖属───《地妖ドワーフ》の一品かと思いきや、正面と思しき一角に神聖文字が刻まれている。これは神の手による超高位《遺物》だ。


 だが、それがどうして《枯界》に? それに、俺が聞いた声というのは、これからしたのか?


 そんな疑問に答えたのは、当の《遺物》だった。


「丁重に扱い給えよ、このボクの神体(・・)なのだから」


 皮肉なことに、その言葉に驚いて俺はその《遺物》───神体を取り落としてしまった。だが仕方ないだろう、神体とはつまりこの世界における神の器そのもの、神の生命を預かる最上位の《遺物》。それが稼働している(しゃべった)ということは、この中には神が収まっている!


 神体は自重もあって砂に半ばまでめり込み、「ぐえっ」と声を上げた。慌てて取り上げる。その手が震えていた。


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