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049話 盟神探剣その2

「ああ、ユヴォーシュさん、言伝を預かってますよ」


 その日も一日、収穫はなかった。魔剣などそうそう出回るものではないと予想はしていたが、ここまでとは思っていなかったので徒労感が強かったのを覚えている。噂で「《絶地英傑》のハバス・ラズが探窟家時代に一本見つけて所持している」という話は聞けたが、人の所有物を奪うような真似をするつもりはない。ましてや彼はこの街の冒険者組合の長、そんなことで敵に回すのは愚か者のすることだ。


 とまれそんなわけで、足を棒のようにして手ぶらで宿に帰り着いた俺に、主人がそう言ってきたのだ。


「俺に? ……バスティが聞いてたりは?」


「いえ、バスティさんは……下にいらしていないので」


 聞いておいてくれればいいものを、まだへそを曲げているらしい。仕方ない。


「誰からだ?」


「ムールギャゼットと名乗る男性です」


 聞き覚えのある名前だ。どこだったろう、割と最近ではなかったか。


 そんな風に考えてから、そうだ異端聖堂の、と思い出すまでに随分かかってしまったせいで、大仰なリアクションを取るには今更だ。


 宿の主人は俺の遅い驚きに勘付くこともなく、頼まれた伝言を想起して、


「『今宵、時鐘がとお鳴るころに大ハシェント像の足下にてお待ちしております』だそうですよ」


 大ハシェント像。ディゴールに点在する小神たちの神像のうちの一つで、ハシェント神を象ったもの。もともとハシェント神は日常のあれやこれや細やかな運営を司るため広く信仰されているため、よく像になっている。


 ちなみに俺が足しげく通っている“ハシェントの日時計”亭はかの神の箴言をその名の由来としている(のだと思う。確認したことはないが)。おそらく酒場の主人が信徒なのだろう。


 像の足下は待ち合わせの目印としては“忘れじの丘”よりもよほど分かりやすいが、しかし俺をそこに呼び出すのは別の意味がある。───俺とロジェスの戦いの決着がついたのは、まさに大ハシェント像の足下だった。


 あの時は場所ロケーションなど気にする余裕もなかったが、終わってしばらくして落ち着いてみれば巨大な石像に見下ろされているのに気づいて腹立ちが増したのは言うまでもない。ロジェスはそれも計算に入れて、神の───ひいては神々に《人界》統治を委任された信庁の威光を最大限に発揮できる地点に俺を誘導して倒したのだ。


 そこで負けた俺を呼び出すということは、よほど俺の機嫌を逆撫でしたいと見える。


「……ユヴォーシュさん、顔、怖いですよ。また魔獣みたいなことになるんじゃないでしょうね」


「あ、ああ。大丈夫」


 あんなド派手には(・・・・・)やらないさ。




◇◇◇




「なあ、おい。この街に《信業遣い》がいるらしいじゃないか?」


 “ハシェントの日時計”亭にやってきて、飲み物を頼んで開口一番、その女はそう言った。


「どこにいるか知らないか? 誰か知ってるやついないかよ。教えてくれたら一杯奢るぜ」


 周囲で一瞬だけ声が沸き、ついでしんと静寂が訪れた。この時間の酒場では極めて珍しいことである。これが、もっと見るからに荒くれの、腕っぷしだけで周囲をねじ伏せんとする壮漢とかであるなら、酒場の酔客どもは黙りはしまい。「なんだユヴォーシュに挑む気か」「やめとけやめとけ」「オメエじゃ相手にならねえよ」なんて好き勝手な野次が投げかけられていたことだろう。ジグレードがしたようなユヴォーシュへの挑戦は、魔獣討伐以来ぱったりと鳴りを潜めている。


 女は、そういうふう(・・・・・・)には見えなかった。


 小柄な少女だ。酒場への出入りを見咎められるほど幼くはないが、粗野な雰囲気からは乖離している。口調はざっくばらんだが超然としていて、自信が溢れているからどこであれ自分のスタイルを貫き通せるのだと理解させられてしまう。


 自然、人を惹きつけて目を離させないのは魅力ではない。


 それは彼女の存在質量が大きすぎるからで、恐ろしい(・・・・)から目を離せないのだ。


 一人の酔客が、恐る恐るといったていで声をかける。


「……どっちの話だ。信庁から来たっつー方か、それとも」


「あーそっちじゃねえ方」


「……なんでそんなことを知りたがるんだお嬢ちゃん」


「つべこべ言わずに知ってるなら教えろよ。質問してるのはアタシで、お前じゃない」

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