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044話 女子談話その1

「───ジグレード、テメェ、今日はもう帰れ」


 そう告げたブレスカの顔は、上下逆さまに見えている。正確にはブレスカが反転しているのではなくジグレードが宙吊りにされていて、擁するに彼女は不注意にもトラップを踏んづけたのだ。


 普段の彼女であれば注意せずとも当たり前のように避けている。それが今日はもう三回目、むしろここまでトラップにかかっておいて命に別状はないのが驚きなくらいだ。ブレスカが呆れ顔で帰宅するよう言うのも当然である。注意力散漫なまま、《龍人》の群れと会敵なんぞされた日にはジグレードだけの問題ではなくなる。


 ジグレード自身も集中できていないのは自覚していて、ではその理由について心当たりがあるかと問われればあるにはある。認めたくはないが、あれ(・・)以来、気づけばそのことばかりを考えてしまって落ち着くことがない。


「……承知した。次までに鍛え直してくるとしよう」


 足に絡みついている鉄鎖をたやすく切断すると、空中で上下反転を直して危なげなく着地する。そのまま『とぼとぼと』という表現が似つかわしい頼りない足取りで《冥窟》を引き返していく彼女の背に、同業者たちはやれやれと肩をすくめた。


「何かねェ、ありゃ。俺でも組み伏せられそうなくらい弱っちゃってマァ」


「止せよ、アレを襲うくらいなら《混獣キメラ》とやり合う方がマシだ。この間の“闇に浮かぶ瞳”も、あいつ、一度は単独で退けたらしいじゃねえか」


「ああ、噂の。……そう言えばありゃ結局何が原因だったんだ?」


「ベイングって爺いたろ、魔獣研究の。あいつが作った人造のクリーチャーじゃねえかって見解だぜ。何でも、目撃情報から割り出した行動範囲がベイングの自宅の周りだとか、その自宅に踏み入ったら爺が無残に食い散らかされてたとか、そういう話らしい」


「ああ、それなら俺も聞いたぜ。そのあとの調査で、どうやらベイングが最期に研究してたのが“闇に浮かぶ瞳”っぽいんだってよ」


「オイ今俺が話してただろジョーラ。しゃしゃり出てくんじゃねえよ。……にしても飼い魔獣に噛まれて孤独死たァ、最高に最悪だな」


「違ェねえ」


 男たちは無責任にがははと笑うと、さて、一仕事と歩を進める。


 《冥窟》の土に、いくつもの足跡が刻まれていく。




◇◇◇




 オーデュロは書類仕事に追われていた。


 魔獣“闇に浮かぶ瞳”ことテルレイレンの後始末は、数日経った今でも落ち着いていない。ユヴォーシュが一刀両断した遺骸からは推測されていなかった数の人骨が検出され、その身元の特定と補償で都市政庁はてんてこ舞いだ。そのうえ、野良《信業遣い》ユヴォーシュと信庁から派遣されたロジェスの激突は、彼女にとって悩みの種だった。


 ───彼女の目論見としては、双方共倒れの目算だった。会食の場で引き込めれば最上だが、それは高望みというもの。二人の《信業遣い》の顔を合わせさせ、ゆくゆくは対立関係を構築させ相打ちになれば上出来、片方だけでも排除できればもう片方に対処すればよくなる。積極的に暗躍すれば発覚したときに自分たちがひどい目にあうのは疑いようもないが、消極的に、あくまで接点を作らせる程度の動きに抑えて、美味しいところ獲りを狙いましょう。三巨頭会談で彼女はそう語った。


 《信業遣い》同士の衝突は彼女の想定を超えて早く、激しく、しかし決着はつくことなく済んでしまった。なぜロジェスはユヴォーシュを打ち倒し、そのまま放置したのか。止めを刺せば彼女の気苦労の一つは解消されるというのに。あの───ディゴールをすら駆け抜けた《光背》!


 彼女はどこまでも侮っていた。《信業遣い》と言えど、いざというときは冒険者組合や都市警邏の総力をもってすればどうとでも排除できるものと。だが蓋を開けてみればどうだ、ユヴォーシュは冒険者たちが総がかりになっても苦戦する魔獣を秒殺するわ、ロジェスはそんな怪物を真っ向から斬り伏せるわ、どこまでも想定外、規格外。


「───ダメね、私……」


 少し、眩暈がする。よく眠れていないのだ。


 妖属の血が薄く混じっているオーデュロは、常人よりも眠気には強い。けれどそれも、安眠とされる時間が比較的短く済むというだけで、そもそもストレスから安眠が摂れない場合はその限りではないのだ。


「奥様。こちら、ハーブティーです」


 秘書官の声でその存在を思い出す。彼女がいつ執務室に入ったのか気づけないほど疲弊している。オーデュロは眼鏡を外すと、眉間を揉み解しながらカップを口に運ぶ。


「……美味しい」


「何よりでございます。……ほんの僅かでも、リラックスになれば良いのですが」


「ありがとう。でも、そうも言っていられないから」


 秘書官はその言葉の悲壮さに、痛ましげな視線を送ることしかできなかった。


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