037話 都市擾乱その1
「大型の魔獣───ディゴール都市政庁はアレを仮称で『テルレイレン』とすることを決めたそうだよ」
「……へえ」
「冒険者組合はテルレイレンに懸賞金をかけたってさ。お陰で街は血眼になった冒険者たちで溢れかえってる。見るに堪えないよ」
「そうか」
「……ねえ、ユーヴィー? 聞いてるかい? ボクの話」
「ああ」
「じゃあ復唱してごらんよ」
「都市政庁曰くのテルレイレンの首に金がかかってるから冒険者が総出」
「……ムカつくなあ!」
バスティが地団駄を踏んでいる。俺はそれをどこか遠くの景色を見ているような感覚で眺めている。……分かっている。俺が生返事ばかりで、話を聞いていないように見えてその実把握していたのに驚いて、ならばもっとまともな会話をしろと怒っているのだと、分かっているが、
なんだか脳がまとまらない。
昨日一日であれやこれやと起こり過ぎて、思考が停滞している。血が鬱血するようにすべきこと、しなければならないことが溜まっていく。
都市に出没する魔獣テルレイレンは退治しなければならない。レッサとカリエは一度狙われた以上、テルレイレンにとって『喰い損ねた自分の獲物』という認識が定まっている。安全ではない。だが、それは金に目の眩んだ冒険者たちでも極論どうにかなりそうな問題だ。果たして俺がすべき仕事だろうか、と考えだせば止まらない。
それよりも元を叩くべきだ。魔獣の発生源はどこか。
この街、探窟都市ディゴールは街の周囲に高い城壁が存在する。魔獣であれば乗り越えられないこともないだろうが、近隣に《冥窟》のあるこの街の門兵がそんなことを許すだろうか。
そして気にかかるのは異端聖堂のムールギャゼットと名乗った怪人。素性も目的も不明な奴も野放しにしておくわけにはいかないが、これは魔獣と違い冒険者や都市政庁には任せておけない。俺にしかできないことだ。
だが、同じく目的が分からない信庁の《信業遣い》ロジェス・ナルミエがこの街に来ている。昨日の会食で対面を果たしてしまった以上、あちらから何か仕掛けてくる可能性も常に考えておく必要がある。
全くもって悩ましい。何から手を付ければいいか、頭の中を三匹の犬がぐるぐる回っている気分だ。どいつもこいつも他のやつの尻尾を追いかけているから、いつまでたっても止まらない止まれない。
あれから一日。今日はまだ何もしていないのに、脳みそがエネルギーを消費してひたすら疲れている。
「……くそっ」
「あれあれ、どこ行くのさユーヴィー」
「ちょっと出てくる」
「だからどこに!」
つきまとってくるバスティが煩わしくなって、俺は返事もせずに宿を出る。ラフな格好のまま、さて、どこへ行こうか……。
◇◇◇
「それで、出て行ったきり、と……」
「その通りだとも! ボクの話も聞かずにずかずかとさ、信じられるかい!?」
「いや、まあ、それは……。確かに、どうかと思う、うん」
宿の食堂で憤慨する少女に、ユヴォーシュを訪ねてきたジグレードは頷いた。頷いてから、どうして自分は頷いたのだろう、と疑問を抱いてしまった。
そのせいで、出遅れてしまった。
「ボクがわざわざ出向いてやって情報収集してきてやったってのに労いの言葉一つない! 話を聞いているのかいないのか、確認してみたらきっちり全部把握していやがるしさ! あれこれイロイロあったからテンパるのは分かるけど、けど、だからってさあ! 十を渡してイチも返さないってのはありえないと思う訳だよ、ボクは!」
「う、うん。そうだな」
「どうせ何するか決めてないんだぜ! 適当にどっか行ってさ! ボクが五月蠅いからって!」
だん、とテーブルに杯が叩きつけられる。が、少女の素の腕力では大した騒音でもない。悲しいかな、《信業遣い》のツレと明らかになっていても、どこから見ても未成年な少女にアルコールは販売できないのだ。
「どうしてノンアルコールなんだいッ!」
「それは、そうだろう」




