029話 都市騒乱その3
「また来たのか。暇なのか?」
「まあねー。言ったじゃん、匿名の寄付」
ああ、と相槌をしながら思い出す。
記憶に新しいバザールの脅迫を抜きにしても、カリエの孤児院は慢性的な資金不足に陥っていた。それを聞いていたから、連日宿に遊びに来るレッサにある日「こんなところに来てないで金策に励めよ」と言うと、レッサも不思議そうに「ウチに匿名でびっくりする額の寄付があって」と言う。金の出所も寄付の理由も不明らしく薄気味悪いが、カリエは「寄付は寄付だから」とさっそく防犯設備やら何やらの拡充に勤しんでいる。
バスティだけは何を察したのか「ははあ」とは言うのみで、こういう時はにまにま笑うだけで何も説明しないことはこの半年間の付き合いで理解しているからつつくことはしないでいる。
ちなみに、そんな会話を交わした少し後に、レッサはそもそもまだコロージェ神殿付孤児院を出ていないことが判明した。彼女が“幼い”という言葉に過敏に反応したのは、自分がまだ半人前だと自覚していたからと判明して、俺はそんな子を殴って気絶させたのかとその夜の酒はいやに進んだが、まあ、置いておいて。
ジグレードが泡を食っているのに気づく。
「ん、ジグ姉? 知り合いか?」
「うん。孤児院の先輩。カリエ姉よりもちょっと先に出て、腕が立ったから探窟家やってるの」
「ほーん。……ジグ姉?」
コロージェ神殿付の孤児院では年長者を性別に関わらず“姉”と呼ぶ規則でもあるのかと思っていた俺の予想は木っ端みじんに打ち砕かれた。
「ま、待てレッサ、お前また余計な───」
「そうだよ、ジグ姉。これが格好いいと思って髪もボサボサにしてるから分かんなかったでしょ。ジグ姉はこれでも女の子なんだから」
「あああああどうして言うんだお前! 言わなければクールなキャラで通せるところだったのに!」
「……は?」
ジグレード───“ジグ姉”はレッサの口を塞ごうと慌てて立ち上がり、立てかけていた俺のロングソードに足をもつれさせて派手にすっ転んだ。そこには俺に一太刀浴びせようと果敢に斬り込んできた戦士の立ち居振る舞いなど欠片も見られず、ただ生意気な後輩にからかわれて遊ばれる、作ったキャラを引っぺがされた残念な女性がいるだけだった。
厳めしい言葉遣いは地ではない。長くぼさぼさの髪と立て襟で顔を隠してごまかし、身体の線が細いのはマントで隠す。言われてみれば男装としては確かに効果的だが、レッサの言い草からして合理性よりも趣味の色が強いのだろう。それは……うん。どうだろう。俺はそういう格好良さは分からない。申し訳ないけど。
グレートソードを振り回していたのも評価が変わる。多く、女性戦士の非論理式《奇蹟》による身体強化は、柔軟性に基づくしなやかさ・速さに適しているとされる。腕力は男性的傾向が強い中で、よくぞあれほどの腕前に至ってみせたものだと俺は感心した。
他人事の俺はさておき、ジグレードの構築していた(奇妙な)キャラ付けはもう致命傷のようだった。口調も素に戻って、過去の行状をあげつらうレッサに顔色が赤くなったり白くなったりしている。
「カリエ姉の話を聞いて来たんでしょ? ジグ姉の変な喋り方とキャラだといつまで経っても本題になんて入れないの分かってんだからさ」
「だからって全部言う奴があるかッ! というかな、私だってお前がいうほど話し下手じゃないっ。今だって、彼と武について語り合い、距離を掴んだところでさあ本題に入るぞというところだったんだぞ!」
俺は黙って首を振った。
全然、これっぽっちも、そんな雰囲気ではなかった。
……結局、ジグレードはレッサの「好きな格好しててもいいけど、それで人に迷惑かけなければの話だからね」という一言に撃沈し、捨て台詞も残せずに走り去ってしまった。彼女(なのだという。実に驚くべきことに!)の本題は何だったのだろう。
「ああ、それはね。カリエ姉の孤児院のことで、お礼を言いに来たんだと思うよ」
「お礼を言いに? 『手合わせしろ、嫌とは言わせん』って来た女が?」
「ああ……。ジグ姉やっぱりそんな感じだったんだ……」
どうやら外向けのキャラクターらしく、レッサやカリエの前では時代がかった武辺者みたいな喋り方はしていないらしい。もう何年も前に孤児院を出て一人生きているから、顔を見せるのはたまのことで、そういう時は巧妙にカモフラージュしていたらしい。




