023話 神誓破談その9
───それは、いつか交わされる会話。
「ユーヴィー。キミの《信業》───《光背》は、いったいどういう原理だと思う?」
「……どうだろうな。一応、俺なりの予測はしてるけど」
「へえ。興味あるね、聞かせてくれないかい?」
「《光背》の光は、俺を光源として放たれるものじゃあないと思うんだ」
「ふむふむ」
「何だろうな───根拠としては薄弱だけど、俺にはその光が見えないんだよ。あの《信業》を使ってる間、俺が覚えるのは遠ざかっている感覚。すべてのものから見捨てられ、置き去りにされ、引き離されている感覚」
「あんまりいい感覚じゃなさそうだね」
「実はそうでもない。俺は孤独だが、その時の俺は常よりもいっそう自由を感じるんだ」
「つまり、キミに干渉してくる光を弾いているから、それが光背という形に見えているという結果かい」
「ああ。だから《光背》発動中、一定圏内は絶対防御として成立するんだろうよ」
「キミは、キミが弾いている光が何かも、もしかして予測しているかい」
「───そうさな。この《九界》に満ち溢れる光って言ったら、まあ一つだろう」
「恩寵の光。───なるほどね。キミが異端だからこそ、《光背》というチカラに目覚めたと。キミはそう考えているんだね───」
◇◇◇
「我が神への信仰のもと、『貴方がたに危害を加えない』と誓います」
「これで全員か? 一人でも漏れてるやつはいないか」
「い、いません」
「うん、良し」
本当に心の底からよいことなのかは今一つ確信を持てなかったが、これでカリエの孤児院がこいつらの餌になることはないハズだ。俺は孤児院玄関ホールにびっちりと正座しているならず者どもの最後の一人が、神誓したのを確認すると頷いた。
今回の一件で彼らの命を奪うまでのことはないと考える俺が事後処理に悩んで、最終的に導き出した結論だ。神誓させてしまえば夜のメインストリートを酔っ払って歩いていても、彼らの報復を恐れる心配は不要になる。もともとこいつらがカリエに無理強いして神誓させたのだから、自業自得と言っていい。
カリエは奥にいるという孤児たちの面倒を見に引っ込んでいる。俺がならず者どもを起こし、一人一人に神誓させている間にレッサから事情は聞いているはずだが念の為俺からも説明しておいた方がいいだろう。まだきちんと名乗ってもいないし。
バスティはそれについていったらしい。バスティを一人にさせた選択がこの一件を引き起こしたというのに、俺はどうにも咎める気にはならなかった。つきつめれば慢心、油断の類だが、別に構わないと思っている。
確信があるんだ。俺とバスティを遮れるようなものは、きっと存在しないんだろうって。
この世界で最も尊き存在たる、神の一柱。
そして神の干渉すらなきものとする《信業遣い》。
これほどの存在が《人界》に他にあろうか。今回の一件も、自由に生きて最後には綺麗に収まった。
「……ご機嫌です、ね」
「ん? うん、まあね」
レッサに声をかけられてそこで初めて、彼女がどこにもいかずそこにいたことに気づく。一人悦に入っていたのを見られただろうか。……まあ、いいか。
「あなた……《信業遣い》だったの」
「今更隠すことでもない。そうだよ」
この《人界》にある《信業遣い》たちは、ことごとく信庁の管轄下にある。───俺を除いては。
レッサやこのディゴールの人間からすれば謎の《信業遣い》なのだ、俺は。ふと悪戯心が湧き上がってくる。
「───なあ、どう見えた?」
「えっ?」
「俺だよ。一体何なのか。どういう奴なのか。なあ、俺はどう見えた?」
レッサは目に見えて狼狽した。
「えっ……と、その。本当にごめ……申し訳ありませんでした、《信業遣い》さま」
俺が狼狽する番だった。レッサの謝罪はバスティ誘拐についてであるのは明白で、俺はあの時のことを厭味ったらしく言うつもりはないんだ。
「違う違う、あれっぽっち気にするなよ。もっとこう……俯瞰的にというか、全体的にというか、俺がどう見えたか忌憚なく聞いてみたいのさ」
改めてそう問うと、少女は考え込んでいる。ふらりとやってきて、一晩の間にカリエとレッサの人生をひっくり返すような真似をして、そのうちのかなりの部分は振り回したりしたから記憶も曖昧だろう。さて、どんな感想が返ってくるやら。
「……ハチャメチャだった。よく分かんなかったし、それでいて忘れられない出来事だった」
自由だった。そうポツリと呟いた声がどことなく楽しそうだったから、俺はそれでいいと思った。




