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022話 神誓破談その8

 仮面の小娘一人が、一体全体何を赦すというのか。普段のバザールならばそう嗤えただろう。


 とてもそんな気分にはならなかった。


 バザール・ゴーシェン、探窟都市ディゴール南のスラム出身のゴロツキは今、何かおおいなるもの(・・・・・・・・・)との謁見の光輝に浴している。それは尋常ならざる早業のユヴォーシュであり、神に誓ったことを破っても赦すと宣う仮面の少女である。


 それはつまり今まさに紡がれつつある伝説である。


「わ、私は……」


 バザールの腕の中、カリエが震える声を上げる。そういえば彼女には『黙っていろ』と言ったはずで、命令を取り消さない限り絶対服従にも関わらず破っている。


 それがこの場この時に限っては自然なことに思える。


 仮面の少女が一言一句を言い聞かせるように、


「キミはどうしたい? 言って御覧。キミは自由だ」


「私───私───こんな人に従うのは嫌! こんな人の言うところで働くのは嫌! 私はここがいいの、ここじゃなきゃ嫌! 嫌なの!」


 魂消るような絶叫。本心の吐露。


 それを受けて、仮面の少女は満足げに深く頷く。


「よく言った。ボクの名において、キミの契約破りを赦そう」


 カリエは支えを失ったようにへたり込む。意識がはっきりしているかと問えば怪しいが、それでも自我は残っている───神誓を破ったのに、ああもただの(・・・)放心状態でいられることなどありえない。それが意味するところとは───


「そういう訳だ」


 二人の少女の会話の隙をついて、ユヴォーシュはバザールの配下の男たちを一人残らず制圧していた。無手に意識を奪われた奴らは、孤児院の床とキスさせられている。


 俺もああなるのか。そう思った瞬間、むしょうに恐ろしくなって、バザールは、


「───近づくなァ!」


 懐に忍ばせていたお守り───《炸裂の魔導書(スクロール)》を引っ張り出す。本来ならば触媒や詠唱が必要な魔術を、特殊なインクで刻み込んだ文字のみで作用するように圧縮された代物だ。《炸裂の魔導書》ならば、封を破り開放することで数秒後に致命的な爆発を発生させる。


 路地裏の化物のような魔人たちや、《冥窟》を庭か何かと勘違いしている冒険者たち、彼らと相対したとしてバザールにはこれ(・・)がある。いざという時、どんなに分が悪くても己を虚仮にしたヤツは一緒に吹っ飛ぶと考えればビビることなんかない、という精神で彼はこの街の闇を生きてきた。とはいえ所詮はお守り、本当に本気で使うつもりなぞなく、いざという時(・・・・・・)のためだけのはずだった。


 それを躊躇なく持ち出すほど、ユヴォーシュは存在感だけでバザールを追い詰めていた。


 一瞥して何を持ちだしたのか理解したユヴォーシュは、しかし動揺することなく鋭く言い放つ。


「吹っ飛ぶつもりか」


「へ、へへ。この距離なら、この乳臭ぇガキも巻き添えだ。テメェがここに来たのはコイツのためだろ。なら───」


「やってみろよ」


 彼の声にも、顔色にも、手足にも恐れはない。バザールには明確に表れている死の恐怖がない。それが自分とユヴォーシュの格差を示しているようで、バザールは越えるつもりのなかった一線を越えてしまう。


「やってやるァァァアアアア!!」


 知らぬ者が聞けば悲鳴としか思えない絶叫と共に、封を切り、《魔導書》を開く。記された文字が発光し、何か言い残す猶予も残さずバザールとカリエはバラバラに爆ぜる、




 ───よりも先にユヴォーシュの背から放たれた放射光が、《魔導書》の破壊だけを彼方へと奪い去っていく。




 飛翔の精神的衝撃からようやっと立ち直りつつあったレッサが、その光景をぼんやりと眺めながらぽつり溢した。


「───《光背(ハイロウ)》」

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