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002話 異端認定その2

 秘密法廷から引っ立てられた俺は、窓のない小部屋にいた。


 飾り気のない部屋だ。


 特徴と言えば、入り口の施錠が厳重過ぎる二重扉と、その厚さ。


 そして、床の中央に赤線で描かれた円。


 円周を九等分した点が、直線で結ばれた図形だ。一点からは必ず二本の直線が伸びているその図は、信庁のシンボルであり、《九界(この世界そのもの)》を表しているともされている。子供でも知っている図形だからこそ、そこにあることが驚きだった。


 何故ならその図───エニアグラムと呼ばれるそれは、高みに掲げて見上げ拝むものであって、床に描いて踏みしめるものではないから。床の図面として扱うのは不敬とされていて、そんなことはそれを裁く信庁が一番よく理解しているはずだ。不敬を取り締まるための組織───神罰隊を抱えているのは、他ならぬ信庁なのだから。だからこそ信庁の最奥(ココ)でそんな不敬の現物を見るとは思わなかった。


「そこに立て」


「……はい」


 俺をここに連行した《信業遣い》、その片方が淡々と命令する。手枷はこの部屋に入った時に外されたので、抵抗しようと思えばできないこともない。だが抵抗を試みたとして、《信業》で抵抗できなくされるだけ───《信業遣い》の匙加減ひとつで、再び手足を封じられるか、意識を奪われるか、それとも命を奪われるか知れたものではない。俺は不承不承、図の中心に立つしかなかった。


 秘密法廷で告げられた《虚空の孔》刑という響きから嫌な予感しかしない。


「動くなよ。斬り落とすと掃除が面倒だからな」


「は」


 それはどういう意味か、と問うよりも先に現象が発生した。


 赤の円から垂直に不可視の何かが伸びた───ように見えた。見えないなりに透明の物質が視界を通過したのくらいは分かる。事実、おっかなびっくり手を伸ばすと硬質な触感が返ってきた。円柱状に見えない壁が出来ている。


 斬り落とす(・・・・・)と言っていたのはコレか。出現の速度から、発生時に円からはみ出した部分は容赦なく分かたれるらしい。……ゾっとしない話だ。


 《顕雷》が見られなかったことから、おそらくは《信業》ではなく《奇蹟》。


 ……どちらでもいいか。


「……この下には、何があるんですか」


 《信業遣い》たちがおや、という顔をした。どうやらよっぽどの馬鹿だと思われていたらしい。《虚空の孔》というからには、エニアグラム(ここ)が穴になってそこから落とされる、ということくらい察せられる。


 二人は目を見合わせる。片方が『まあ、それくらいは教えてやってもいいだろう』という顔をしたあと、


「《枯界》への《(パス)》だ」


 と返してきた声は、板でも通したようにくぐもっていた。


 思わず笑いが浮かぶ。そこまでするか、と。


 信庁のお歴々は、俺の存在をなかったものとするため、この世界から棄てるのか。


 本来、《経》を用いての越界には綿密な計算が必要なハズ。ただの軍人、しかも一兵卒でしかなかった俺は越界経験などないため知らないが、こんな小さな部屋にある小さな図形一つで正しく越界できるとは到底思えない。


 それを歴史と権威ある、《人界》を統べる信庁が知らぬはずもない。つまり───どちらに転んでも問題はないということ。


 越界の失敗でどことも知れぬ虚空に放り出されたら、それはそれで。


 成功して何もない(・・・・)《枯界》に追放できれば、それはそれで。


 どうあれ俺はこの《人界》から追放される。信庁の面目は保たれ、異端は切り捨てられる。


 そういう話らしい。


 腹を括って目を(つむ)る。


 《信業遣い》が何やら法印を組む。それに呼応してエニアグラムが輝き、そして消えた。


 そこには孔。


 《人界》の神の加護届かぬ、異境へと続く《経》が開いている。


 重力か、それとも《経》特有の引力か。俺は落ちていく。


 《枯界》へと。


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