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193話 大魔王殺その6

 俺はアルルイヤを引っこ抜いて飛びのいた。刺しっぱなしの方が《信業》破壊が働いて被害甚大だけど、そんなことをして(・・・・・・・・)大事な魔剣を(・・・・・・)失ったら困る(・・・・・・)。今の()は、絶対にそんな斟酌をしない。


 食い込んだ手斧はより荒々しく振りぬかれ、俺は自分の心臓がぶちまける赤の色を知った。常人ならば致命傷、《信業遣い》でも治癒に専念しなければ遠からず死ぬ、そういう一撃だ。対するマイゼスの傷はやはり塞がりつつある。


 俺と大魔王の雌雄は実質的に決した。けれどこれでいい。


 俺の役目は、準備ができるまで時間を稼いで、《光背》で大魔王の視界を塞いでおくこと。


 状況を崩すのは図らずもヒウィラがやってくれた。あれで、ずっと意識を逸らさなかったマイゼスの意識がやっとブレたんだから流石姫様、いい仕事をしたと言える。


 さて、これで、


 邪魔はしないから(・・・・・・・・)思い切り(・・・・)やってしまってくれ(・・・・・・・・・)


 ロジェスから表情の類がするりと抜け落ちる。


「そういう、ことか」


「そういう、ことさ」


 ちゃんと返せたか実は自信がない。吐血するごぼごぼという音だったんじゃないかという気がしてならないが、どうだろう。


 一陣の風が吹く。


 鋭さを究めたその陣風が吹き抜けた先の空。


 《澱の天道》が、


 ───斜めに斬れてずり墜ちた。


「事前の打ち合わせもなしに、よくやる」


「信じてたからな。彼ならやるって」


 聖究騎士、《割断》のロジェス。彼の剣は寸分違わず、大魔王マイゼスの心臓と《澱の天道》を一撃のもとに両断し果せていた。彼の《信業》が切断面を覆っているから、それよりも弱い力───それこそただの《遺物》たる手斧では、その傷を塞げない。マイゼス自身も治療を試みて、すぐに断念する。


 つまりこれは致命傷、絶命に至る断絶だ。


「そうか───。お前らが俺の終わりか」


「何だ、すっきりした顔をして。恨み言があれば聞くぞ」


「ない。これで止まれる、やっと終われるというのだ。恨みなぞあるものか」


 ───彼の事情は分からない。だが、やっぱりどうしても心底から敵として憎めない。それは俺の勝手な共感のせいで、客観的に見れば彼は《人界》を侵略する予定の大魔王だったのだが……それでも、惜しい。


 こんな終わり方しかなかったのか?


 こんな殺し合うしか道はなかったのか?


「……なんだ、酷い顔をして。大魔王を殺したんだ、笑えばいいものを」


「……五月蠅い。勝ったんだ、どんな顔をしようと勝手だろ」


「違いない」


 そこでそっと近づいてくるヒウィラに気づいて、大魔王は顔を上げる。ヒウィラも一瞬怯みはしたが、もう彼が永くないのは一目瞭然。看取ることを選んだらしい。


「ヒウィラ姫も、ふふ。まさか剣を振るって戦うとはな。驚いた」


「もとより姫として、また影武者として育てられた身。武人ではないにしても、ある程度は修めています」


「そうか……。インスラ(こっち)にそんな気概のある娘はいなかった。世界が違えば違うもんだな……」


 手にかけた相手に憑き物がおちたみたいな顔をされるとこっちの立つ瀬がない。そんな顔ができるなら、どうして。

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