181話 供儀婚儀その4
「何をしている、ヒウィラ姫」
絶対の計画のはずだった。
《魔界》アディケードの言い伝えでは、神のしるしを完全に失った《信業遣い》───《真なる異端》には裁きが下る。世を界を統べる神、魔神アディケードが光臨してその罪すべてを雪ぐ、とされている。その時は誰彼の区別もなく、あたりを焦土と化すとも、界そのものを滅ぼすとも。
即ち、行使者を供儀とした自爆技。禁忌を兵器として活用することを考えたのは、いったい何代目の魔王カヴラウだったのか。
外的干渉によって異端を作り上げることはできない。できたとしても、気が触れて死んでしまうから兵器にはなり得ない。そこで魔王アムラが採ったのは、ひどく迂遠にして非人道的な手段だった。
本物のヒウィラ姫が生まれたか、あるいは魔王アムラがヒウィラという姫を造り上げると決めたときに、影武者の彼女は母の胎の中にいた。そのまま《魔界》アディケードで生まれ落ちれば、何の差し障りもなく魔神を信じる敬虔な魔族として育つだろう。それではいけない。
魔王アムラは母胎に一つの魔術を施し、不安定《経》の中に堕とした。
本来は時間の経過が存在しない《経》で、母胎のみ時間が経過するようにしたのだ。
するとどうなるか。影武者のヒウィラは《経》の中で産声を上げた。どこでもない何処かで。どの神も与り知らぬ彼方で。それはつまり、彼女のことはどの神も関知しない、どの神にも愛されない、どの神にも心からの祈りを捧げられない───半異端、ぼやけた神のしるししか持たないということ。
神のしるしを他者が強制して消させることは出来ない。だが、これならばうまく半異端に仕立て上げられる。すでにしるしの欠けた半異端ならば、完全に取り払わせるのもさほど難しくはない。一番難しいのは最初の一歩、神の寵愛を不完全なものとする段なのだから。
実験は、成功だった。
そんな子供が、幾人も用意された。
このヒウィラは好都合なことに《信業》にも目覚めた。半異端の少女たちは、絶対の導を失ってしまった影響か、自己決定力とも言うべき我が薄いのも影武者に打ってつけだった。命令すれば従うのだ、いざというときの爆弾としてはこの上ない。何かあれば、いざというときは、彼女に命じて送り込めばいい、「逝って敵の前でしるしを消せ」と。それだけで事足りる。
計算違いは一点だけ。
狙う相手の格が違った点に尽きる。
「余の真似をしてどうなる」
神の寵愛のあかし、神のしるしの状態など、平時から感知できる存在はそれこそ神くらいのものだった。魔王アムラとてちゃんと半異端になっているか確認するのに多大な時間と労力を要した。だから彼は、大魔王を自分と同じ基準で考えてしまった。見破れないだろうと高をくくってしまった。
「…………え?」
「しるし欠けの姫よ、貴様には無理だ」
《魔界》を統一した大魔王が、魔神相当者にまで至っているとは、神のしるしを感知できる域に達しているとは、想像だにしていなかったのだ。
そして彼女を止めるべく発された大魔王の言葉には、看過できない内容が含まれていた。
彼は今、神のしるしを消そうとした私を、『俺の真似』と。
「───貴方も、異端、なの……?」
「フン。どうせ死にゆく身なら構うまい。───その通りだ」
彼が《真なる異端》ならば、前提は覆る。
魔王アムラは不確かな伝承に縋った大馬鹿者であり、
ヒウィラはそれに踊らされただけの愚か者であり、
全て、何の意味もない徒労に過ぎなかったのだ───




