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179話 供儀婚儀その2

「さて、来い」


「来いと言われましてもね……」


 髑髏城グンスタリオ、その片隅にある練兵場。そこを借りての稽古の時間だ。木剣を構えもせずに言い放つロジェスに、その周囲を取り囲む神聖騎士たち八名はやれやれと言いたげな雰囲気だ。


 当然である。実質的な敵地のただ中でやるものではない。


 ロジェス・ナルミエの稽古は熾烈なことで有名で、《信業》を修めた神聖騎士であってもこっぴどく打ち据えられれば回復には時間を要する。そうそうやりたいものではないし、ましてや、


「もう明日なんですよ。稽古も大事ですけど、やるべきことはあるんじゃないですか」


 そう。カーウィンの言う通り、大魔王マイゼスとヒウィラ第三姫の挙式は明日に迫っている。姫君は今頃衣装合わせにてんてこ舞いになっていることだろうし、タンタヴィーらもあれやこれやと大忙しだろう。


 そんな中、神聖騎士たちがこれでいいのか。


 失踪したユヴォーシュ・ウクルメンシルを探さずにいていいのか。


「構わない。あれ(・・)は、放っておいたほうが面白い(・・・)


「いいんですか。逃げたか、あるいはひっそりと始末されているのかもしれませんよ」


「それこそ、まさかだ」


 カーウィンは隣にいたバンドンと目を合わせる。ロジェスがユヴォーシュを買っているのは知っているが、どうしてそこまで評価しているのか分からないといった表情だ。まあ無理もないことだろう、とロジェスは思う。かつてディゴールが前線都市ではなく探窟都市だった時代の、あの大ハシェント像足下の戦いはそう人口に膾炙した話でもないからだ。ディゴールの人々にとって印象深いのはその前の魔獣狩りのインパクトであり、聖究騎士と野良《信業遣い》が鍔迫り合ったのはちょっとした余談でしかないのだ。


 ───そう。彼らは知らないから。ロジェス・ナルミエがどれほどの怪物なのか。《魔界》を統べる魔王に相当する実力者である、という力関係も何も、実際に見ていなければ『とても強い』くらいで収まってしまう。


「あれは俺と斬り合って命を拾った男だ。そう簡単には殺せないさ」


 神聖騎士たちは知っているから、その一言に剣を突き立てられたか(・・・・・・・・・・)のような(・・・・)衝撃を受ける。まさかそんな、それほどの腕があって、なぜ野良でやっているのか、いいやそれほどの腕があるから野良でやっていけるのか、しかし信じがたい、と一瞬で思考が錯綜する。


 疑う気持ちは起きなかった。ロジェスは冗談をいう性質ではない、それもとりわけ強さにおいては。聖究騎士でさえ評価しないときは徹底して評価しない彼がそう言ったなら、疑う方が馬鹿を見る。


「しかし解せません。だとすると彼は、どこへ行ってしまったんでしょう」


「……そうだな。それは俺も、疑問に思っていたところだ」


 逃げるとは思えない。そう容易く闇討ちされるほど生っちょろくはない。ならばどこで何をしているのか。そこが見えないからこそ不気味で、焦燥感を拭い難い。


「彼が戻らなくても───予定通り、ですか」


「当然。そもあれを味方、自陣の戦力とは数えるな。不確定要素として考えるべきで、最悪敵対しても躊躇はするな」


「は」


 カーウィンが返事をした瞬間、彼の左目を狙った木剣の一突きが襲い掛かる。辛うじてそれを防ぐと、目前には獣のように笑うロジェスの姿があった。


「話は終わりだ。───さあ稽古を始めるぞ」


「ちょ、待───!」


 練兵場に、木剣が木剣を削る(・・)凄絶な音が響き渡った。




 ───大魔王マイゼスとヒウィラ第三姫の結婚まで、あと一日。

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