178話 供儀婚儀その1
「───それで、ユヴォーシュはまだ見つからないのですか?」
「はい、神聖騎士たちはそう言っています。逃げたのでは、とも。───締め上げますか」
「いえ、構いません、いないならいないで」
まさか結婚をご破算にすることはないだろう。タンタヴィーを下がらせ、ヒウィラは一人。髑髏城グンスタリオに宛がわれた彼女の部屋は豪奢だが、それだけだ。彼女はここから出ることもないのだろうと自覚していた。一種の軟禁で、それはつまり大魔王にとって彼女にそれだけの価値があるということだ。ことが上手く運んでいる証拠だが、折角やってきた《魔界》最大の城を自由に観て回れないのはささやかなストレスになっていた。
「……はあ」
溜息をついてみても、あの夜のように彼は現れない。いったいどこへ消えてしまったのか、この髑髏城に入ったその日のうちに失踪してそれきり、もう五日は経とうかという音沙汰のなさ。
彼女がユヴォーシュとちゃんとした会話を交わしたのは、《魔界》インスラに入った夜が実質的に最後である。
「……逃げた、のでしょうか」
神聖騎士たちの大多数はそう主張し、タンタヴィーらも疑う建前の裏ではそう思っている。ヒウィラも、もしかしたらそうかもしれないと心の片隅にあるのを自覚している。そうであればいいな、とも。
逃げたとして、原因は何か。彼女には心当たりが一つあった。
最後に言葉を交わした夜、告白した内容。ヒウィラが本物のヒウィラ第三姫ではなく、影武者であるという事実。彼はヒウィラの結婚に随分と執心していたようだから、真実を知って覚めたのかもしれない。姫という高貴さ、血統に執着していただけで、実際の彼女に用がなくなれば、こんな危険な《魔界》になど留まる理由はない、ということか。
……そうだとしたら、少し寂しい。そんな薄情な人族とは思わなかったから。
そうでなければいいな、と思う。
逃げたのではなく、何か事情があって《人界》に帰らざるを得なくなっていて、神聖騎士たちはそれを誤魔化しているのであってほしい。幻滅はしたくないが、ここに留まっていないでほしい。自分がそんなふうに思考を巡らせていることに、ヒウィラはひっそりと驚いていた。
「自分で思っていたより……入れ込んでいる、のかしら」
そんな感性が残っていたとは。魔王アムラに命ぜられた日から今日まで───いいや、厳密には二日後のその時まで、ゆっくりと心を殺してきたはずなのに、そんな誰かを好ましいと思うようでは揺らいでしまうだろう。崩れてしまうだろう。
「あと二日……。それまで、帰ってこないでね。ユヴォーシュ」
その日が来てしまえば、もうどうしようもない。すべてに決着をつけて、役目を果たせるにせよ、失敗するにせよ、もうユヴォーシュは関係なくなっているはずだから。
───大魔王マイゼスとヒウィラ第三姫の結婚まで、あと二日。




