172話 髑髏城下その1
「ようこそいらっしゃいました、髑髏城グンスタリオへ。私、貴殿らの供応担当官を仰せつかっております、アルサンディアと」
「アリアシキラと申します。お望みがございましたら、何なりとお申し付け下さい」
「……お、う」
全く同じにしか見えない顔の魔族が二人、ドンピシャに息を合わせて自己紹介をする。髑髏城グンスタリオの一室、来客用の部屋での対面だった。
俺たち人族および異界の魔族を、こうして城内に招き入れる恐れ知らずは大魔王の命令らしい。アルサンディアとアリアシキラの表情にもじっとりと緊張が滲んでいるのは、俺たちへの警戒ゆえだろうから。
「ロジェス・ナルミエ、《人界》信庁の聖究騎士だ。この団体の代表と思っていい」
「畏まりました、ロジェス様」
「不躾を承知で質問なのですが、私どもの《魔界》インスラへとお越しになった理由を伺ってもよろしいでしょうか」
そっちの魔族ども、《魔界》アディケードの連中と一緒なのは関係あるのか───とは、礼儀正しい彼女らは口には出さなかった。だが油断ないその瞳が如実に語っている。
「それについては私から説明させていただきます」
ヒウィラが引き継ぐ。髑髏城に招かれるにあたって、どこに用意していたのかすっかりドレス姿に着替えていたから、この場で最も気品があるのは彼女だ。彼女が相手では、正装のアルサンディアとアリアシキラであっても比較対象にすらならない。
俺が何も知らなければ『さすがは魔王の姫君、血からして違うのか』とでも思ったろう。だが俺はもう、彼女が魔王アムラの実子ではないことを聞かされている。姫を嫁に寄越せと言われ、養子の影武者を送り込む、魔王が大魔王に仕掛ける詐欺劇。そこにどんな意味があるのかは知ったこっちゃない。
ただ彼女の本心が知りたいから、俺は彼女から目を離さない。
「私はヒウィラ、《魔界》アディケードはカヴラウ王朝の魔王アムラ・ガラーディオ・カヴラウ=アディケードの第三姫にございます。こちらへは、貴方がたの大魔王マイゼス陛下の求めに応じ参上いたしました。どうか陛下の恩寵を賜り、二界両国の架け橋となる関係を築ければと思います」
お前のところの大魔王が嫁を寄越せというから来たんだぞ、これでウチの国は安泰なんだろうな、という旨を随分と迂遠に表現するものだ。アルサンディアとアリアシキラも理解しているのか、なるほどと頷く。
「道中、さまざまな苦難がありました。中でも我がカヴラウ王朝の保有していた安定《経》を、キキルックス軍によって占領されたことが最大の障害と言えましょう。何としても陛下のもとへ馳せ参じるため、《人界》を経由する許しを彼ら───神聖騎士の方々に頂いたのです」
「俺たちの《人界》を通ったせいで、行った行ってないの問答に巻き込まれちゃ敵わないからな。こうして付き添わせて到着を確認しにきた次第だ。納得いただけたか?」
ロジェスのぶっきらぼうな物言いにも、供応担当官たる二人は動じない。「事情は理解いたしました」「ヒウィラ様を御送りいただき感謝いたします」「どうかごゆっくりなさってください」なんて言葉は、たとえ命令であっても魔族が人族に吐ける言葉ではないはずだというのに。二人は至って平然と、夫の同僚を歓待する妻のような慎ましさと淑やかさを保ってそう言った。
かくして俺たちは髑髏城グンスタリオへ滞在することとなるが、しかし。
「───しまったな。どうしてこの城が髑髏城なのか、聞きそびれた」
その問いを投げかける機会がすぐに訪れるとは、まして想像だにしない答えが返ってくるとは、この時の俺には知る由もない。




