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017話 神誓破談その3

 今までで一番しょっぱい《信業》の使い方をした。


 共同墓地(忘れじの丘)以外の街は、明け方というのにまばらに人が行き交っている。お陰で俺は、肩に誘拐犯の少女を担ぎ、小脇にバスティを抱え、家々の屋根から屋根を跳んで宿屋に帰るために《信業》を使わなければならなかったのだ。


 もっと目立たない時間を待ち合わせに指定してくれればよかったものを。バスティも何が楽しいのかきゃっきゃっと声を上げて笑う。止してくれ。何のために屋根の上を行っていると思ってるんだ。


 ちなみに、今までで一番愚かな《信業》の使い方は、禁書庫破りだと断言できる。二度とやらない。


 直線で戻ったにも関わらず、宿についた時には日は完全に昇っていた。城壁から射す日差しが目に痛い。こそこそと盗人のように窓から宿の部屋に戻る。バスティに頼んで身体検査をしてもらう。どこかに他の武器がないかと思ったが、空振りだった。ダガー一本で誘拐に踏み切ったらしい。ますます眉間にしわが寄る。


 おさなさといい、単独であることといい、あまりにも杜撰な計画といい、革袋を投げられたら反応してしまう素直さといい。


 事情があってやりました、と書かれた看板を首から提げているに等しい。


 ……仕方ない。


 縛り上げたりはせず、そのまま椅子に座らせる。力が抜けてがっくりと項垂れた彼女の頬をぺちぺちとやると小さく「ううん」と呻いて意識を取り戻した。騒ぎ出す前に、こちらから声をかける。


「先に言っとくが、ここは俺のとった宿だ。隣室にも宿泊客はいるだろうし、早朝だから騒ぐようなことはしないでくれよ、お嬢さん」


 少女は呆然自失していたが、やがてここがどこなのか、目前にいる男《俺》が何者か、自分はどうなっているのか理解したらしい。寝起きのぽやっとしていた目がキッと鋭く俺を睨みつけた。生憎と凄まれてもまったく怖くない。つんけんしちゃってかわいいなくらいに思える。


「……そう。それで、あたしをふん縛ってどうするつもり」


「そうだぞユーヴィー、この子どうするんだい? どうでもいいって言うならあすこに置き去りにしてくればよかったのに、そうしないってことは……」


「含みを持たせるな。別にどうもしない、何もされてないしな」


 今回の件は、俺の危機管理の問題でもある。バスティが誘拐するのに打ってつけのカモであることを身をもって教えてくれたと言っていい。授業料にたんこぶをくれてやってしまった、という後ろめたさもある。官吏に突き出すようなことはしない。


 少女も何か妙だぞと考えたのか、刺々しい雰囲気はそのままだが四六時中身構えるのは止めたようだ。


 落ち着いて話ができそうだ。俺はもう一つの椅子にどっかりと座り、腕組みをして、


「事情を聞かせてくれ。なんであんなことをしたんだ?」


「金が……必要だったから」


「まあそうなるよね。今日この街に来たボクらを相手だもん」


 そう。バスティの言う通り、だから俺たちへの怨恨の線は薄い。金銭目的なのは明らかで、バスティが被害者に選ばれたのは、少女が一人で誘拐できるギリギリの相手だったからでしかないだろう。


「それは分かってる。知りたいのは、君みたいな幼い子が───」


幼い(・・)? あたしが幼いですって! 馬鹿にしないでよ、あたしは一人前なんだから! あたしは───」


 何か、自尊心を逆撫でされるような言葉だったらしい。少女はすでに十二分に吊り上がっていたまなじりを限界まで険しくさせて、烈火の如く怒り出した。


 俺が何か言うより早く、少女の斜め後ろに立っていたバスティが彼女の口を塞ぐ。あのままだったら、隣室の主か宿屋の主人が殴り込んでくるのは目に見えていたから、俺はバスティに礼を言う。


「助かった」


「いいってことさ」


 口を押えられたままの少女と、目線を合わせてゆっくりと話し始める。


「俺は君の事情を知らない。だから『幼い』と言ったのが気に食わないなら謝罪するが、早朝だから静かにしてほしい。……ああそれと、俺の名前はユヴォーシュだ」


「……あたしも、カッとなって悪かったよ。あたしはレッサ」


「ボクはバスティ。ああ、もう名乗ってたかな?」


「そうなのか?」


 俺が訪ねると、バスティは肩をすくめて、


「キミが来るまで二人で暇だったからね。まあ、レッサはずーっと黙りだったけど。ねえ、レッサ?」


 レッサはバスティとの距離感を掴みあぐねているみたいだ。背たけから推察できる年齢は自分よりも下っぽいのに、言動は俺と対等な大人のようだからだろう。悩んで、最終的に、


「……う、うん」


 どういう立ち位置でも無難な返答だけに留めることにしたみたいだ。まあ神様だなんて思いもしまい。

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